心のカケラ Ⅱ

 空間の歪みが収まると、ケイは辺りを見渡した。


 そこはどこかの洞窟のようだった。いくつかの松明が等間隔に設置されており、汚れたボロ布を着た男たちが忙しなく動き回っていた。


「ディー、そこの土を掘り進めて」


 聞き覚えのある声が聞こえたのでケイが振り向くと、そこにイヴァンがいた。


 イヴァンの隣には、人間より一回り大きい泥人形クレイゴーレムがいた。ケイとは違い造形は稚拙で、子供が泥遊びで作ったかのようなもので、その顔には目と口の穴が取ってつけたように掘られている程度のものだった。


 泥人形はイヴァンの言葉に「ヴァー」と言って頷くと、両手を使って黙々と洞窟の壁を掘り進めた。


「あんちゃん、いつも悪いな。そいつのお陰でこっちは助かってるよ」


 背後からイヴァンに声を掛けたのは、顔中泥まみれに汚れている初老の男だった。恐らく作業員の一人なのだろう。体中が汗と汚れでドロドロになっている。


「い、いえ。重労働は彼に任せてもらえれば、だ、大丈夫ですから」

「そうかい。それにしてもすげーな、その泥人形だったか? なんでも言うこと聞いてよ」


 初老の男性が汗を拭いながら屈託のない笑顔を見せる。


「い、いえ、まだ言葉をすべて理解しているわけではないんです。そもそも泥人形に使われる核に込められる指示系統は容量が決まっていて、時間をかけて魔力を込めてもその核自体が魔力に耐えられないと全く意味をなさないんです。そこで僕は様々な核の媒体を試してみまして、一番魔力を貯められるのが生物の骨だということを発見したんですよね。あ、これはまだ誰にも言ってないので秘密にしておいてくださいね。なぜ生物の骨が核を造るのに適しているかというと、あらゆる生命体は微力ながら身体に魔素を巡らせているんですよ。今まで主流だった木片で核を造るのも実はそういう理由があったわけなんですよね。木も当然生き物ですから魔素を貯められるわけです。しかし、植物より動物の方が蓄えられる魔素の量が多い、つまり核の容量も――」


 そこまで一気にしゃべると、イヴァンははたと我に返ったかのように口をつぐんだ。普段の会話のようなどもりは一切なく洪水のように言葉が口から溢れ出していた。


「あ、す、すいません。ひ、一人で勝手にしゃべってしまって」

 イヴァンの言葉に呆気に取られていた初老の男性だったが、すぐに笑顔を見せた。


「なんだか難しいことはわかんねぇけどよ。あんちゃんみたいな人がいるから、おれたちが楽出来るんだからありがてぇよ」

 男の言葉に、イヴァンは照れ臭そうに頭を掻いた。


「そうだあんちゃん。ちょっとついてきな。いいとこ教えてやるよ」

 そう言って男が洞窟の奥に歩いていく。イヴァンも首を傾げながら後を追った。ケイも二人についていく。


 男の背中を追って洞窟の奥に進んで行く。洞窟内部はまるで迷路のようになっていて、そこら中に分岐点があり慣れていない者であればすぐに迷ってしまうことだろう。


 二人の歩く脇では作業員たちが道具を使って洞窟の壁を削っては、袋に詰めて運び出していた。

 そうしてしばらく歩いていくと、辺りがじめっと湿気っぽくなってきた。


「滑らないように気を付けるんだぞ」

 男が注意を促しながら、それでも先に進んで行く。


 そうしてしばらく進むと、ふいに男が立ち止まった。


「着いたぞ」


 男が振り返って言うので、イヴァンは男の隣まで進むと、目の前に広がる光景に驚いた。


「す、すごい」


 イヴァンの眼下にはとても広い空間があり、その足元には清らかな地下水が湧き出ているのか、宝石のような蒼さを誇る小さな湖がきらきらと光を反射させていた。


「いい景色だろ? ここの天井に外まで続くほっそい穴が開いているみたいでよ。そこから差し込む明かりが地下水に反射してこんなきれいな青色になってんだ」


 イヴァンはその湖の美しさに、しばし言葉を失っている。


「女でも連れて来てよ、あんちゃん、この光景見せれば一発で落ちるぜ」

 そう言って男は下品に笑った。


「い、一発で……」


 イヴァンは戸惑いつつも、男の言葉を繰り返した。


 その横顔を見つめていたケイの周囲が、またしてもぐにゃりと歪みだした。

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