第25話 第一部終章《過去を見つめる》




第一部終章  《過去を見つめる》



 砂まみれのスカートに、傷だらけの腕。


 本当はあの時、あなたはわたしを責めようとしていたのは解っていた。


 だけど、それでも優しく接してくれた。


 認めてくれた。


 その行為が、どれだけうれしかったのか、あなたは解っていない。


 あの頃のわたしは、認めてほしくて、誉めてほしくて、ずっと「わたしはここに居る」と心の中で叫んでいたからだ。


 無駄な事だと解っていたし、認められたい人も解っていたけど、それでもあなたに認められたのは嬉しかった。


 今なら何故なぜか解る。


 怖いから、周りにみついていたんだ。


 大きな世界も中で、ただ自分の小ささに脅えてあらがっていただけ。


 だから強がっていた。


 わたしは素直ではなく、第一印象は最悪だっただろう。


 だけど、それから時を重ね、いくつも経ち、わたしがあなたの事を強く想うように成ったのは、何時いつからだろうか。


 セミの声が五月蝿うるさい季節だったのか、情緒じょうちょ漂う月夜の季節だったのか。


 目をつぶれば、色々な二人がわたしの頭の中を駆けていく。


 恋人達が共に過ごす様な記念日や、わたし達にとっての特別な日。


 幸せすぎて、逆に怖くなるような思い出の数々。


 そこにいたるまでの、一、二個の思い当たる場面はえがけるけれど、どれもこれも、これと言って的確てきかくなものは存在しない。


 時が経つにつれてしだいに、わたしはあなたを眺めている事が多くなっていた。


 見ているだけで、幸せだった。


 しかし、それだけで無いはずだ。


 そこで、ある風景を思いえがき、わたしは納得した。


 あぁ、そうか、……………それは、


 それは、桜の花びらが舞い散る季節だった。


 すこしあきれた顔の、彼の後ろに見えた、不細工ぶさいくな月明かりに照らされた、ありないオレンジ色したライラック。



 ――――――それは、始まりの風景。



 わたしはここまでメロメロだったのか。


 一目ぼれに近い感覚。


 そう、忘れはしない。わたしとあなたの出会いは、あの不細工な月明かりの下だったんだ。


 わたしはもたれ掛かっていた樹に、後ろ頭をぶつけて、口元をゆるめていた。


 今まで思い出とは、苦しくて、思い出したくないものばかりだった。なのに、今は思い出だけでこんなにも幸せになれる。


 知らなかった。


 思い出とはこんなにも、温かいものだったんだ。


砂那さな、――――行くぞ」


 目を閉じて、想いにふけるわたしに声がかかる。


 わたしは目を開いた。


 頭上には、あの時と同じような、不細工な月が浮かんでおり、辺りを黄色に染めている。


「――――ほんと、情緒じょうちょけるわね」


 其処そこは、都会の真っただ中でも、街灯が少なく、月明かりはよくさええた。 


 髪に風を感じて、空を眺め終え、それから自分の脚を見る。


 少しだけふるえていた。


 覚悟という言葉。


 決断けつだんという言葉。


 言葉でいくら誤魔化ごまかしてもうまく行かないものだ。


 ――――やっぱり、少し怖い。


 あぁ、それを恐怖と感じるほど、わたしは今まで、こんなにも頑張って生きていたんだ。


 わたしは少し離れた場所にいる、心配そうにしている二人に、心配ないよとうなずいて見せた。


「砂那、………今ならまだ引き返せるわよ。アルクインにまかせてもいいのよ」


まかせれば全て終わるわ」


 守りたいものも、この感情も。


 ―――――ベネディクト・アルクイン―――――


 最強の魔法使いと呼ばれるものを姉に持つ、優秀な魔法一家の三姉妹の中の次女。


 三姉妹の中で最も魔法使いらしい魔法使い。


 あの人は殺す事により、全てを終わらせるために、この東京ばしょにいた。


 だから――――――。


ゆずれない。わたしがする」


「――――後悔しない? 私はしたよ」


 彼女の顔には影が見えたが、わたしは知らないふりをした。


「………水希みずき。わたしは、後悔しないために行くの」


 彼女に向いて笑って見せる。


 上手く出来たのか、あまり自信はなかった。


 そんなわたし達に、一番遠くにいる彼は、やさしくて、うらやましそうな眼差まなざしを向ける。


 わたしはそんな彼に頷いて見せた。


「行こう。もう、これ以上は時間が無いわ」


「解った。………砂那、俺が対峙たいじして、奴がそれを出せば直ぐだぞ。水希は躊躇ちゅうちょするな、素早く結べ。どれだけ早く終わるかの、時間だけが問題だ」


 水希とわたしは頷く。


「それじゃ、お互いに健闘けんとうを祈ろう」


 軽い感じで彼は言う。


 三人で頷くと、お互いに配置に付くため、わたしたちは別々の方向に向かおうとする。


「――――砂那、」


 彼の呼び声に、わたしは足を止めた。


 しかし、足は止めたが、振り向きはしなかった。表情を見られたくは無いから。


 水希はその様子に気付いたみたいだが、気を使っってくれたのか、そのまま走りる。


 あぁ、彼の顔を見るのが怖い。


「………なっ、何?」


「この後、何かあった時は、あいつにつたえてくれ。先に行くと」


「?」


 わたしはその言葉の意味が解らず、振り向いた。


 彼は其処そこにはもういなく、その空間には、意味不明な言葉だけが残った。


「――――つたえれたらね」


 わたしも自分の役割のために、顔を戻し走り出す。


 この物語に、ハッピーエンドは無い。


 人が一人、死ななければ、終わりを向かえれない。


 わたしは走りながら、彼に向かって呟いた。


「だけど、伝えるのは、わたしじゃない。あなたの役目よ、篠田さん」


 夢のような日々が終わる。


 今はその毎日に、心からありがとうと言える。


 そう、わたしは、あなたのことが好きでした。


 だけど、今からあなたと戦います。

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東京下町祓い屋奇譚1〈ライラックオレンジ〉 オトノツバサ @otonotubasa

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