第24話 この地で抗うもの



砂那さな………終わった』

 

 イヤホンマイク越しに、そうが静かに終わりを告げる。


「蒼、はらったの?」


『いや、みどりさんが囲いの中に居て、彼女が式守神しきしゅがみの契約を成功させたんだ』


「契約………翠さん、成功したんだ」


 今までのきびしい表情から一転し、砂那は肩の力を抜き、安堵あんどの溜め息を吐いた。


 砂那の気持ちのゆるみが解ったのか、彼女の後ろの式守神しきしゅがみは消え、こぐろは仔猫の姿に戻りその場で倒れこんだ。


 砂那はこぐろを抱きかかえてあげる。


 隣で二人の会話を盗み聞きしていた篠田も、誰にも見えないように微かに口元をゆるめると、百均の串を腰バックに戻し「やっと一人目か」と呟いた。


 砂那が五十囲いを発動した時に、一度は諦めかけたが、これで全て篠田の思惑通りだ。


「とにかく、終わったのね。………無事で良かった」


『心配をかけたな。今は、八坂神社に向かっている』


「わかった、囲いを解除するから、そのまま戻ってきて」


 砂那はダガーをロングコートに収めると、左手を大きく横にはらい、五十囲いを解除する。


 囲いの中に残っていた悪霊が一気に出ていくが、残っていたのはわずかで、後で祓えばよいと、そのまま見逃せた。


 それからしばらく経つと、先に翠が八坂神社に現れる。


「翠さん………」


 砂那が彼女に呼びかけるが、その声に反応せず、まるで何かから逃げるように、足早に篠田に駆け寄った。


 その顔色は、弱い雨に打たれたためなのか、何かを見たためなのか真っ青だ。


 翠はそのまま、篠田の腕を引っ張って行き、皆から少し離れると小声で問いただした。


「あれは何?」


「あれとは何だ?」


 翠の追及するようなきびしい口調に、篠田はしらを切る。


「あんなもの、野放しにしておいて良いの!」


「何を言っているのか解らない。………君は何も見ていない、そうだろ?」


「約束と言いたいのね、それは解っているわよ……………だけど、あんなもの、簡単に忘れられないわ!」


 翠はそう言って、隠れるように篠田の後ろに移動すると、自分が出てきた辺りを確認する。そこに少し遅れて蒼が現れた。


 彼の右腕はいつもの物に戻ってる。


 蒼は出てきてすぐに、少し離れた篠田を見たが、篠田は知らない顔をして、横を向いた。


 彼にまんまと、一杯食わされた。


 あの場所に翠が居て初めて気付いたのだが、これは全て篠田のシナリオだったのだ。


 篠田は正式な方法では、翠が式守神しきしゅがみいてもらえないことを解っていたとだろう。


 だから、蒼がアンナの腕を出し、霧ヶ峰の鬼が追い詰められたところで、翠が鬼を助けるという方法を思いついた。


 そして今回は、篠田の思いえがいた通り、翠は無事に霧ヶ峰の鬼を式守神しきしゅがみにすることが出来た。


 蒼にしてみれば、篠田に良いように動かされ腹立たしいのだが、被害は出なかったので良しとしようと、無理やり納得する。


 砂那はこぐろを抱きかかえたまま、嬉しそうに蒼に近寄ってきた。


「蒼………」


 その砂那の姿を見て、蒼は肩の力を抜く。


「砂那、何とか終わったな」


「えぇ。ごめんね、危険な目に合わせて」


「砂那のせいじゃない。あの外人の九字切りさえ受けてなければ、ちゃんとはらえてたはずだからな」


 蒼はそう言ってくれるが、その九字切りを受けたのも自分が未熟なためだ。


「だけど………」


「気にするな。砂那の囲いが有ったからこそ、霧ヶ峰の鬼の被害もなく終わったんだぞ。そこはもっと胸を張っていい」


 蒼のその台詞で、砂那はやっと納得したように頷いた。それからこぐろを蒼に渡す。


「こぐろ大丈夫かな?」


「あぁ、九字切りを受けて、疲労がたまった状態に成ってるだけだ。少し休ませてあげて、後で起きたら褒めてやってくれ」


「うん、解った。あとは、結びから出て行った悪霊を祓うのと、代理の神様を探したら終わりね」


「あぁ、そうだな」


 砂那のその台詞に、蒼は顔をしかめた。


 今しがたまで、霧ヶ峰の鬼との戦闘をこなし、体力も精神も限界にきてる。なのにまだ終わりではない。


「まぁ、代理の神様は急ぐものでないから、後で考えるにして、結びから出て行った悪霊は減らしておこう」


 そう砂那に言ってから、今度は篠田に向いて口を開いた。


「シノ、悪いがお前も手伝ってくれ。今回の件は、それぐらいしてもばちは当たらないだろ」


 自分の体力も残り少ないし、気丈きじょうにしている砂那も、あの外国人の九字切りを受け、さらに五十もの多角な囲いを発動したのだ。限界が近いだろう。


 篠田は嫌そうに眉毛をしかめていたが、思い当たる所が有るのが、案外と素直におうじる。


「俺の仕事は終わってるんだがな………まぁ、いいか。上高井を送ったら手伝うよ。それに、辰巳さんも手伝ってくれるはずだから」


 勝手に話を進める篠田に、辰巳は焦る。


「おい、何を勝手に………」


「あれ程の悪霊が出て行ったんだ、どれほどの被害が出るか、考えれば恐ろしいよな」


 今までかたくなに大丈夫と繰り返していたくせに、急に手の平を返したように、心配な顔をして辰巳を見てくる。


 辰巳は一度歯を鳴らしたが、口では彼に勝てないと思ったのか、肩を落としてしたがった。


「解ったよ、俺も手伝えば良いんだろ。………いいか篠田、これは貸しだからな!」


「へぇへぇ」


 篠田は、絶対に貸しを返さないような返事で答え、辰巳はそんな態度の篠田に、また文句を言っていた。


 蒼はそのやり取りを見て苦笑いする。


 その中、翠は少しにらんだ様な、真剣な眼差しを蒼に向けていた。


 いつの間にか雨は上がっていた。





「ほう、こんな所にね」


 華粧かしょうは感心した様に辺りを見渡す。


 場所は砂那と始めて出会った、あの忘れられていた氏神様うじがみさまの神社に続く道である。


 あれから、蒼たちは悪霊を祓い、昼の三時ごろには、ほとんどの悪霊を祓い終わっていた。


 早く終わった理由は、蒼の機転きてんがきいたからだ。


 そして、霧ヶ峰の鬼に代わる神様を、華粧に判断してもらおうと、ここまで来たのである。


折坂おりさかさんも知らなかったのですか?」


 蒼は足場の悪い山道を進みながら、後ろを振り向き、華粧に話しかける。


「あぁ、ウチの近くには別の氏神様うじがみさまがいるからね。それに、近くてもこんなところ来ないよ」


「なるほど」


「でも蒼、どうしてこの神様なの?」


 砂那が尋ねる。


「あぁ、そのことなんだが、ずっと不思議に思ってたんだ」


「不思議?」


 蒼は砂那にうなずきかけ話を進める。


「今回の件、こと発端ほったんはここから離れた阿紀神社あきじんじゃだったろ」


 それは解っているので砂那は頷く。


「だけど、砂那が依頼を受けたのは、この辺りの近所の人だと言っていた。ならば、こんな離れた場所にまで来るほど、悪霊があふれたかと言うと、そうでもなかった。俺たちが町の中を調べた時は、ほとんど悪霊は居なかった」


 砂那は昨日の事を思い出した。前半は手がかりが途絶とだえるほど、悪霊が町にはいなかった。


「………そうね」


「なのに、依頼はこの近所、砂那が祓った憑き物もこの辺り。そして………」


「さっき祓った悪霊達も、ここを目指していたわね」


 砂那の回答に蒼は頷いた。


 蒼があの時に、悪霊たちはここの神社を目指すと言っていた。そしてその言葉通り、悪霊はここに向かって進んでいたのだ。


 悪霊が目指している場所が解れば、先回りも出来るし、祓うのは簡単である。


「確かにここも、阿紀神社あきじんじゃからの龍脈りゅうみゃくで繋がっているが、ここだけに集中するのはおかしいと思ったんだ」


 華粧は蒼の言いたい事が解り、答えを出した。


「なるほどね………ここの氏神様うじがみさまが、悪霊を呼んでたって言いたいんだね」


「悪霊を呼んでたって、どういう事?」


「砂那それはな、この辺りの地を守るため、ここの氏神様うじがみさまが、悪霊たちを自分の土地に呼んで、正常な霊にに戻そうとしていたと思うんだ。シノがこの町の氏神様うじがみさまをほとんどおさえていて、この氏神様うじがみさまだけが残ったのも、関係あるかも知れないけどな」


 その説明でやっとわかったのか、砂那は納得したようだ。そして華粧は山を見上げた。


「しばらくまつってもらえなかったと言うのに、律儀りちぎな神様だね。でも、この山に有ったならそう言うことかも、有りえるかもしれないがね」


 華粧も蒼と同じ考えだったのだろう。しかし、山の話は解らずに蒼はたずねる。


「この山って、どう言う事ですか?」


「あぁ、この山の名前は秋山って言うんだがね、この辺りでは通称つうしょう、城山って呼んでるんだよ」


「城山………城が有ったんですか?」


「城っていっても、平屋作りのちっぽけなもんさ。まぁ、今は潰れて無いが、伊勢街道の昔ながらの建物は、その城下町の名残なごりなんだよ」


「そうだったんですか」


「あぁ、この神社はその当主とうしゅが作った物かも知れないね。自分の領地りょうちを守るために」


 そして、その当主が居なくなった後は、この神社をまつる者も居なくなったのだろう。なのに、この神様は今は無き当主の想いをそのまま受け継ぎ、この地を守っていたのだ。


「この辺り神様達をまとめるなら、一番その資格が有るじゃないか」


 華粧は一人頷くと、荒れ果てた神社の前までやって来て、不思議と首を傾げた。


「ん?」


「あれ?」


 神社の境内(けいだい)の中は、二日前に来た時と同じ様に怒りが辺りを支配していた。


 オーブが舞い、枝の折れたラップ音が鳴る。


 初めて砂那と出会ったとき、この氏神様が怒って居たのは、砂那が境内で囲いを発動させたり、式守神しきしゅがみを出したからではない。町に出てきた悪霊に怒っていたのだ。


 だから、悪霊をほとんどはらった今では、この神様が怒る理由が無いはずだ。


「………なんだろうね」


 自分の予想と違う結果に、華粧は小さな社(やしろ)の前まで行くと、二礼、二拍手、一礼をしてから神様に話しかけている。


 この中でとくが高いのは華粧なので、蒼と砂那は離れてその様子を見ていた。


 しばらくすると、華粧は腕を下げ、二人に対して首を振った。


「駄目だね、怒っているのは解るが、何も答えてくれないね」


 そう言って社の前を離れたとき、華粧の姿に隠れて見えなかった者が、蒼の目に入った。


 神主のような白衣びゃくえはかまを身に着け、腰に刀を下げた、古風な狐のお面をかぶった長い白髪頭の男。


 その男を見た瞬間に蒼は理解した。


 彼はこの神社の神様だと。


 そして、蒼の背筋が凍る。


 流れる緊張の汗が止まらない。


 蒼にはその者が、危険な真っ赤に見えた。


 蒼の様子に、砂那と華粧はやしろの方を向くが、頭をひねりすぐに顔を戻した。その様子からして、これを見ているのは蒼だけの様だ。


 その男は狐の面をずらし、自分の口元だけを蒼に見せると、大きく口を開けて動かす。


 声がないので解りにくいが、蒼にはその口の動きがこう見えた。


『に・ど・と・こ・の・ち・に・あ・し・を・ふ・み・い・れ・る・な・た・ま・し・い・あ・る・も・の・の・て・き・よ』


 意味の解った蒼は、一礼すると振り向き境内を後にする。


 この神様が怒っていたのは、砂那のせいでも、悪霊達の為でもなかった。


 最初から解っていたのだ。誰からこの地を守るべきかということを。


 蒼の去った後の境内は、怒りが薄れていき、清らかな風が吹いている。


 意味の解らない二人は、戸惑ったままその背中を見送った。





「蒼、色々ありがとう」


「こっちこそ、楽しかった」


 夕方過ぎ、すべての仕事を終え、別れの時がやった来た。


「うちの社員の未国みくに共々、お世話になりました」


 ベネディクトはそう挨拶を述べると、頭を下げた。蒼も少し遅れて頭を下げる。


 昨夜から一睡もしていないベネディクトは、使い魔に悪霊をはらう手助けをさせて、自分は砂那の家に戻り、客室で睡眠を取らせてもらっていたようだ。


「いや、構わないよ。こちらも苦労かけたからね」


 華粧はあまり感情のこもってない声でそう答えると、蒼を見て少しだけ目を細めた。


「ところであんた、あの時、何があったんだい?」


 先ほどの氏神様の神社での出来事であろう。


「それは、その………この地は大丈夫だから、出ていけと言われただけです。多分、よそ者の存在が気に入らなかったのでしょう」


 その返答が怪しかったのか、華粧はさらに目を細めてくるので、蒼は苦笑いする。しかし、それ以上の追及はしてこなかった。


「まぁ、そういう事にしておくかね」


「では、そろそろ。蒼、帰ろうか」


 ベネディクトはそう告げると、軽バンに乗り込む。


 蒼と砂那は、少しだけ名残惜(なごりお)しそうに、目線を交わしていたが、彼はそっと名刺を差し出した。


「もし、東京に来る機会(きかい)があれば言ってくれ。案内するから」


 砂那はその名刺を、両手で受け取ると頷いた。


「うん。その時は連絡するね」


 蒼は軽く会釈えしゃくすると、車に乗り込む。


 走り去るテールランプを見ながら、華粧は砂那に話しかけた。


「砂那、今回の件、良く解決したね。私もここまで大事になると思ってなかったから驚きだよ」


 砂那は何も答えず、ずっと遠くを見たまま、話を聞いていた。


「あんたは少しの犠牲も出さず、総本山の力も借りず、自分で解決したんだ。私が思った以上に成長していたよ。………だから、もう大丈夫、誰の足手まといにも成らないよ。お行き」


「おばあちゃん………」


 砂那は言葉を詰まらせた。


 華粧は両親に褒められたいと言う、砂那の望みを知っていた。


 しかしそれには、華粧が手伝ったり、総本山のエリート達が手伝ったりしては、砂那は自分の力で解決したとは思わないだろう。


 だから、あえて総本山に所属して居ない所を探したのだ。


「この町はあんたが守ったんだよ」


 最後の華粧の言葉を聞いて、砂那は心の中で違うと首を振った。


 今回の調査が早かったのは、蒼のおかげだし、九字切りの外国人は、蒼の上司のベネディクトに助けてもらった。


 そして何より、霧ヶ峰の人食い鬼は蒼のおかげだと解っていた。


 砂那は携帯電話のイヤホンマイクで、ずっと聞いていたからだ。


 蒼が式守神しきしゅがみの様な名前を呼び、攻撃していたことや、アンナと言う何かを出し、霧ヶ峰の人食い鬼を追い詰めたことを。


 そう、この町を守ったのは、東京からやって来た、二人の魔法使いなのだ。


 今まで砂那の目指していたものが、少しだけらいだ。





 四月、東京。


「それは大歓迎だが、本当に良いのか?」


 ベネディクトは、掘り出し物の赤い来客用のソファーに腰掛けたまま、困った様に来客に訪ねた。


「うちはアルバイトと言っても、歩合制ぶあいせいで、給料も安いぞ」


「構いません」


「総本山は、キミなら喜んで入れてくれる。それでも良いのか?」


 彼女は頷いた。


「解ったよ。まぁ、気が変わったなら、何時いつでも移れるからな。それまでは、ここに居れば良いさ」


 そう言ってベネディクトは手を差し出す。


「では、改めて、アルクインおがみ屋探偵事務所にようこそ。これからよろしくな、折坂 砂那」


「お願いします」


 ベネディクトの前に座っている砂那は、彼女の手を握り返した。

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