第39話 克人とヨウコ

 黒い炎に包まれた巨竜タイラントの遺骸がついに崩れ落ちた。魔力を喰らい尽くされたそれは風化し、魔虫もまた息絶え消滅した。その様子を誰もが固唾を飲んで見守った。やがて風が土ぼこりを起こしながら吹き抜けると大歓声が巻き起こる。

 

「うぉぉぉぉ‼」

『おいおい状況確認を……って、まあいい!』


 喜びの声で混線しまくる通信のなか、ゼロがため息をつきながらそれを切った。

 トリスが念のために空中に待機させていた盾を降ろすとニカさんとヨウコが姿を見せる。ヨウコはぴょんと軽快に盾から飛び降りたが、ニカさんは満足げな表情で仰向けのままだ。


「ラストダンサーは貴女でしたわね、ヨウコ?」

「ニカとゼロ達あっての勝利です」

「……カツトが夢中になるわけですわね」


 手を差し出しながら怪訝そうな表情を浮かべるヨウコに『こちらの話です』と呟きながらニカさんはその手を取って立ち上がった。


「見事だ」


 族長が賞賛の言葉と共にやって来た。その様子に周囲に控えていた彼の同胞たちや冒険者たちが集まり始める。マァカちゃんは彼に片腕で抱きかかえられ眠ったままだ。その肩には族長が腰から下げている飾り布が巻かれていた。


「みんなぁ~‼」


 ビタンビタンと地を這う緑色のスライム、アースラちゃんの背に乗ってスライムサバイバーの三人が現れる。だいぶグロッキーな様子のユゥさんとリィンさんの背中で赤と水色のスライムが元気よく跳ねまわっている。

 

「リューネさん! ユゥさん!」


 合流したスライムサバイバーと再会を喜び合う俺達に族長がマァカちゃんを預かって欲しいと申し出る。彼の視線の先にいる同胞たちを見てトリスは了承するが眠るマァカちゃんは掛けられた布を掴んで放してくれなかった。


「ユゥさん、お願いできますか?」

「あー、はいはい。スライ、よろしく。丁寧にね?」


 俺の意図を察したユゥさんがオーダーするとスライは彼の背から飛び降り、族長の前に出て身体を伸ばしてお辞儀をした。困惑しながらも族長が頷くとスライはぴょいと彼に取り付きその身体を伸ばして紐となりマァカちゃんを固定した。ついで折れた腕の方も優しく包み込んで釣り上げる。これでだいぶ楽になるだろう。


「ぬぅ! 処置には感謝するが、これでは……!」


 荷物と寝た子を抱えるお父さんのようなスタイルになった族長は不服そうだが、トリスはカラッと笑って彼を送り出す。


「そのまま行くといい。この場合、話がまとまりやすいと思うぞ? なあ?」


 トリスに話を振られて俺とユゥさんは頷く。ヨウコと一緒にいる身としては亜人と人間の仲は良好な方がいいと思う。


「そうだね、そっちの方が良いと思いますよ!」

「その方が絶対、絶対良いですよ! ねぇ?」


 ユゥさんに同意して皆が頷く。ニカさんだけニヤニヤしてる気もするけど。

 その様子に諦めたのか『感謝する』とだけ残して族長は同胞の元へと向かっていった。彼の同胞は族長の姿を認めるとざわざわと動揺し始めたのだった。



 § §



 改めてギルマスから討伐完了の報せが入り、この場に集まった仲間たちが再び歓声をあげた。このままだと収拾がつかなくなりそうなところで彼の咳払いが一同を鎮めた。


『報酬や補填、事務的な手続きは……明日の昼以降としましょう。今宵はギルドの食堂を無料開放とします。皆様、大変お疲れ様でした! ご協力のほど大変感謝いたします』


 しかし、それに続いて茶目っ気を感じさせる調子で無料飲食のお誘いを告げられると冒険者一同は天に吠えた。もしかしたら討伐完了の報せのときより盛り上がってるかもしれないぞ。そこにゼロからツッコミが入る。

 

『ギルマス、タダメシで誤魔化すなよ……?』

『活躍された方々へ特別報酬はご用意します。九人の傭兵レイブンズナインも市の騎士団も……』

『カカカ! 今回の最優秀賞はきつね憑きだ! そうでなきゃスライムサバイバーだ! 違うか? ねぇちゃん⁉』


 突然のゼロからのMVPは誰かという振りにトリスは大きく頷き太鼓判を押す。


「違いない! あらゆる点で、彼らがいなければ我々は一致団結できなかった! そして、この勝利はなかった! いかがだろう、リザードファイターの長よ?」


 あれ? なんだこの流れは。族長はお父さんスタイルのまま顎に手を当て、をキメて同意した。


「うむ、我らの秘術も彼らなしに成功はなかった。誉れは彼らにこそ相応しい」


 族長の言葉に誰もが頷く。ちょっと待ってくれ、その大半はリザードファイターの構成員だ。右向け右の姿勢は日本人かな、このトカゲさん達は? そんなツッコミを心のなかで入れているとユゥさんが声を上げた。


「そんな! 今回は僕がそもそも前線を崩壊させちゃったんで、そのぉ、差し引きゼロということで……きつね憑きさんが一番です! それに! 巨大スライムがあそこまで戦えたのはヨウコさんのアイデアなんです! 凄かったんです!」


 くそ! ユゥさんが天然でキラーパスしてきたぞ!

 必然、仲間たちの視線は俺達に集まった。この世界にもヒーローインタビューはあるらしい。



 § §



「え、えーと……」


 急に全員の前に立たされた俺とヨウコは棒立ちになり固まっていた。流石に今回は俺が頑張ろうと口火を切ろうとするが、どもった声しか出ない。

 困り果てて視線を泳がせると、トリスと目が合った。彼女は優しく笑い大きく頷いた。それで不思議と気が楽になった。


「皆で巨竜タイラントに立ち向かって、勝てて……ホントに凄いな、良かったって思います。考えてみたら俺も先走ってばっかりだったなって、いまになって思いました」


 その言葉に近くにいた仲間たちが頷く。ニカさんが苦笑しながら隣のトリスの肩を叩いていた。結局ヨウコ頼りだったもんなと思い返す。


「でも、皆のおかげで勝てて相棒も無事で本当に良かったです。うん、勝てたのは俺の……自慢の相棒のおかげですっ!」


 下手くそなりに言い切ると暖かい拍手が迎えてくれた。ありがとう。

 そして、続いて皆の視線がヨウコへと集まった。

 隣からヨウコの視線を感じる。違うぞ、ヨウコ⁉ 俺は本心を語っただけだし、皆が純粋にお前の言葉を待ってるだけなんだ。頼むから瞳孔の開ききった赤い瞳で俺を見ないでくれ!

 ナーバスな相棒の背を優しく叩いて前へ出すと、ヨウコも暖かい空気を感じたのか顔を赤らめテレテレし始めた。それでも一息つくとヨウコは短く応える。


「こういうのは苦手なので、二つだけ。私の作戦に乗ってくれてありがとうございます。それと、私の旦那様を沢山助けてくれて……ありがとう」


 それからヨウコは柔らかな笑みを浮かべ皆に頭を下げた。

 拍手と歓声、笑い声が上がる。本当にありがとう。気づけば、ヨウコの頭をぐりぐりと撫でながら、目頭を熱くさせている自分がいた。頑張って本当に良かった。そんな感慨に耽っているとバラバラだった歓声がひとつにまとまりだした。


 キースッ! キースッ!


 は⁉ 


 キースッ! キースッ!


 皆さん盛り上がってらっしゃる⁉

 ていうか、コレ先導したの絶対ニカさんだろ⁉

 苦笑してるトリスの横でなんかドヤ顔してるしっ‼


「仲間たちよ! 祝福しようではないか!」


 族長が天に腕を掲げて指パッチンすると音楽が奏でられ始めた。

 急に陽気でケルティックなミュージックが始まっちゃったよ⁉

 陽気に歌い踊り出しそうな冒険者たちの先頭で彼は目を覚ましたマァカちゃんを降ろしてやってから踊りに誘い、こちらへウインクした。

 ぞくちょぉぉぉ⁉

 助けを求めて周囲を見渡す。無邪気な様子でユゥさんはひとりフライング拍手を刻んでいた。ユゥさん、隣のリィンツンデレさんがソワソワしているのに気づいてあげて。

 とにかくヨウコと向き合う。既に彼女の顔は真っ赤だ。


「なんで! なんでその気になってるんですか、旦那様⁉」

「逃げ場はない。賢いお前ならわかるだろ?」 

「早すぎます、諦めが!」

「テンパるお前を見て冷静になった結果だ。それにな……」


 逃げられないようにその肩を掴む。ひとつ大事なことに思い至ったんだ。


「俺からキス、したことなかった」

「あ……」


 ヨウコを抱き寄せ優しくキスする。されるがままだったヨウコの腕がちゃんと抱き返してくれた瞬間、頭が真っ白になりそうになる。割れんばかりの歓声がどこか遠くでなっているような気がしてきた。


『カカカ! いいね、いいねぇ! 九人の傭兵レイブンズナイン、ありったけで祝砲――捧げろファイア‼』


 空に向かって青い閃光が放たれ、新たな歓喜の叫びが辺りに溢れる。

 曇天の空が割れぽつりぽつりと雨粒の染みを大地に落としながら光が差し込む。

 それをもたらしたのは戦いの熱だろうか、冒険者の歓声だろうか。それとも傭兵達の祝砲か。きっと全部がそうなのだ。

 抱擁を解き目元を拭うヨウコの髪が雨露できらきらと煌めく。きつね耳がピンと張りヨウコがはにかみ笑った。


「旦那様! 貴方のことが大好きです‼」

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