第38話 冒険者たち③

 肌をビリビリと震わせる衝撃の後、盾の花が散ると巨竜タイラントが立ち枯れた大樹のような姿を晒していた。黒く焼け焦げた身体は所々がひび割れ欠け落ちていた。

 マァカちゃん達を探すと、元の場所に変わらず立っている族長の姿があった。マァカちゃんは力を使い果たしたのか彼に抱きかかえられたまま眠っていた。やりきった表情で穏やかに寝息を立てる彼女は彼の言った通り役割を完遂したのだ。


『流石にこれは決まりでしょうか? 出番がありませんでしたわ』

『どうだろうな』

『…………』


 軽口を叩きながらも油断なく敵を見据えるニカさんの言葉にトリスとヨウコは答えず、巨竜タイラントを観察している。ひと回り小さくなったその身体は熱と衝撃に侵食されたにも関わらず、いまだに崩れ落ちず天を仰いだままだ。

 それでも生きているような気配も反応もない。これは様子を見るより攻撃してみた方が早いのではないかと思い始めたそのとき、視界に赤い光が映った。


 キィィィィィィ! 


 動かなくなった巨竜タイラントの額で宝石が赤い光を放ち始める。角は へし折れたが宝石は未だ健在だ。主の生命や意志の有無とは関係なく魔力が高まり、圧を増していく。


『これは……やばい、よな⁉』

『ッ! ヤツはおそらく自爆します!』

『骸晒してなお足掻くとは、三流ですわね! トリス!』

『ああ! 一枚アインス――盾の羽シルト・フェーダー――架け橋ブリュッケ‼』


 ヨウコの発した自爆の一声にニカさんは怯むことなく笑い駆け出した。トリスの命で盾が宙に浮かび彼女のための懸け橋となる。魔剣を抜き放ち盾の橋を駆け上がるニカさんにつられヨウコが笑う。


『ゼロ! マーカーセット後に斉射、用意! トリス、ニカの回収お願いします! ニカ!! 任せました!』

『オーケィ!』『了解、ヨウコ』『任されましたわっ!!』


 仲間の応答に頷くとヨウコがそばに来て俺の手を取った。


「旦那様……」

「どうした?」

「私も、その……」


 言い淀む彼女の手を握りしめ額同士を軽くぶつけて笑う。いまさら誰に遠慮する必要があるんだよ。


「思い切りやっていいぞ。任せろ、相棒」

「……はいっ!」


 俺の了解に嬉しそうに笑うヨウコ。そして、その手が漆黒に染まり始める。 



 § §



『さあ幕引きです! 大団円グランドフィナーレに貴方の居場所はございません! お別れの挨拶カーテンコールも結構! せめてこの銀閃が! ラストダンスを踊って差し上げますわっ!』


 盾の橋を真っ直ぐに走り抜けたニカさんは勢いそのままに巨竜タイラントの宝石を袈裟斬りした。硬質な高音が響いたがその表層が僅かに欠けるだけだ。

 だが、そこで銀閃の剣は止まらない。横、縦、斜めといわおにさえ通ってしまいそうな剣閃が放たれ、宝石を削る。一振り一振り過去の軌跡をなぞり斬撃を重ねる様は軽やかなステップの繰り返しのようだ。彼女が舞い踊るほどに切り込みの重なりは深くなり大きな傷へと姿を変える。

 軸足が影のように引き、ゆらりと身体が仰け反ると共に肘と肩が引き絞られる。溜め込みの居着きなどなく一歩は踏みしめられ、スゥと一息吹く音とともに剣は突き立てられた。

 突き刺さった魔剣を容赦なく二度三度と抉り込むとニカさんは魔剣を引き抜き 備品召喚インベントリからもう一振りを呼び出しそのあなへと捩じ込んだ。


『ごきげんようタイラント暴君! 退場なさい! 万雷の拍手とともに!』


 そして額に汗を輝かせ満面の笑みで一礼するとその場から飛び降りた。


『マーカーセット! トリス! ヨウコ!』

『ああ、お疲れ様だニカ!』

『ゼロ! マーカーセット完了』

『おう‼ ワン、ツウ、スリー、フォウ、ファイブ、シックス、セブン、エイト、ナイン――破壊せよデストロイ!!』


 号令とともに蒼い閃光が空を走り敵へと降り注ぐ。あるものは空高くから、あるものは鐘塔から、またあるものは第二城壁から召雷されその輝きを増していった。ニカさんが突き刺した一振りに誘導されて雷が一点に集まると轟音が鳴り響く。


 ごぉん、ごぉんっ!


 降り注ぐ九本の雷のひとつひとつが激しさを増して絡み合いその力を轟かせる。


 どぉん! どぉんっ!!


『このままじゃマーカーが吹っ飛ぶぞ! 出来るだろう、お前らぁ⁉』 

 

 ゼロの叫びに空は蒼に染まる。彼の傭兵が放つ閃光は雷霆万鈞らいていばんきん威神鎚いかづちとなって振り下ろされ――巨竜タイラントの魔力の源を打ち砕いた。

 砕け散る宝石から大量の魔力が溢れ出し嵐のように吹き荒れる。巨竜タイラントの遺骸からも血と魔力が吹き上がり始めた。これで自爆の恐れはないだろう。だけど、このままだと後々厄介なことになる。


『ヨウコぉ‼』

『はいっ‼』


 さあ、仕上げは俺達きつね憑きだ。 

 


 § §

 


這い上がる毘沙門天ストラグル・ストレングス死地臨む広目天クライシス・ウォッチャー……崖っぷちの韋駄天ライフエッジ・スピーダー!』


 世界が色を失う前に相棒の姿を焼き付けておきたくて少し詠唱が遅れた。敵を見上げる瞳は赤く煌めき、きつね色に戻った髪と尾が揺れている。その代わりに両腕が指先から肘の辺りまでが艶やかな漆黒に染まっていた。全身の魔虫を制御し一点に集中させているのだ。

 色を失くした世界のなかで腰を落としヨウコを見つめ構える。さあ来いと交信しようとすると、ヨウコと目が合い彼女が笑う。そのまま声も魔術も発せず仕草だけで示すとヨウコは駆けだした。

 駆ける姿は軽やかで特に尻尾と髪が綺麗だと思う。いつもこちらに向けてくれるものとは違う眼差しで空を見上げる様は凛々しくて格好いい。そうだ、これがお前なんだよヨウコ。

 ヨウコが軽く跳びはね、その身体がこちらへと向かってくる。


『行ってこい! ヨウコ!』

『はいっ、旦那様‼』


 バレーのレシーブの体勢で待ち構えている俺の腕にヨウコが着地した瞬間、全ての力で相棒を空高く打ち上げた。

 スキルで強化した俺の筋力とヨウコ自身の脚力でその身体は高く跳びあがり原型を失いかけている巨竜タイラントの顔面に迫った。

 広げた両腕から蝕みの異能がボコボコと膨れ上がり空間を侵食する。疎まれ、嫌われ、怖れられたヨウコの呪いの力だ。だけどヨウコ、その手はもっとたくさんのものを掴めるはずなんだ。俺を救ってくれたその手は皆とだって繋がれるし、もう繋がっている。だから見せつけてやれ、お前のありったけを。怖がらずに皆のためにお前が出来ることを。

 ヨウコが振りかぶり両手を合わせる。増殖する漆黒は燃え上がる巨大な拳へと姿を変え振り下ろされる。

 相棒の後ろ姿しか見えない状況は本当に残念だけど、構うものか。


『ヨウコォォッ‼』


 お前は俺の自慢の相棒で、この街を救った英雄ヒーローなんだから。

 巨竜タイラントの身体が黒く燃え上がり、崩れ落ち始めた。

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