第37話 冒険者たち②

『行くぞ! きつね憑き!』

『わかった! トリス、捕まって!』


 トリスを担ぎ駆け出す。スキルのおかげでかなりの速度で動いているが、背中の彼女は振り回されることなく敵を見つめている。


『屋根伝いに行って強襲したい。あの角は破壊しなければ……!』

『わかった。回り道になりそうだ。ヨウコ、ニカさん!』

『了解しました』『接敵を遅らせますわ』


 焼け落ちていない建物を経由して高さをかせぐ。ここから跳べば額の角に届くかもしれない。巨竜タイラントがこちらを捕捉した。


『怯むな! このまま突っ込む!』

『無茶言うね、トリス!』

『ニカの無茶には随分付き合ったのだろう! 私では駄目か⁉』

『もちろん付き合うよ!!』

『ありがとう』


 巨竜タイラントの魔力が高まる。割れた角からは魔力が漏れ出ているのか火柱が上がり始める。それでも構わずに敵はブレスを放とうとしていた。


『今度は守り切る‼ 盾の花ゼクス――クノスペ


 召喚された大盾が周囲に展開し高速回転を始める。トリスが祈り捧げるように両手を合わせると、盾の花は閉じて蕾の姿へと帰る。硬く鋭く揺るぎなく守りの力が高まっていく。


 ギュオオォォ……‼


『きつね憑き! このまま――』

『真っ直ぐ突っ込む‼』

『ああ‼』


 正面から炎の濁流のなかを突き進む。トリスの盾は全てを千切り蹴散らし道を作ってくれる。こちらの位置を捕捉しているゼロからのカウントダウンが響く。三、二、一、来る……!


 ギギャァァッ‼


 敵はブレスを中断して残った右側頭の大角で切り払いを仕掛けてきた。こっちは目標じゃないが構うものか、このまま突っ込む。

 激突の瞬間、身体が浮かび上がり押し返されるかと思ったが先に敵の角がへし折れる。落下していく巨竜タイラントの角とひしゃげた盾を目で追いながら着地すると、頭上でパンとトリスが手を叩いた。


『さあ! 次は本命を叩くぞ! 盾の拳フィーア‼』


 次の盾が召喚され二枚一組の鋼の拳となった。本当にこっちがアテられる気合いの入りようだ。


『旦那様、トリス。こっちも仕掛けができています。少しは利用してください』

『トリス、カツト。私達の出番を残しておいてくださいませ』

『善処する!』『了解!』


 俺とトリスを見下ろそうとする巨竜タイラントの動きがぎこちなく止まった。

 俺達と闘っている間に巨竜タイラントの周囲には黒い柱がいくつも立っていたのだ。



 § §



「そぉぉらぁぁっ‼」


 盾の拳が巨竜タイラントの顔面に叩きこまれる。何度も受けているせいか敵は顎をぷらつかせ呼吸が荒くなっているように見える。


五枚フンフ――盾の剣シルト・シュベールト


 盾が連結し剣をかたどる。トリスが腕を振る動きに合わせ盾の剣は巨竜タイラントを殴打し始めた。

 俺は一度トリスと別れて黒い柱の裏でヨウコと合流していた。魔虫の力で作り出したこの柱に隠れて俺達は補給と次の仕掛けを進める。


『進捗は? トリスもそろそろ限界だ』

『上々です。あとは隙を作ってもらえれば』

『わかった。トリスのフォローに行く』

『はい』


 お互いに補給を済ませると俺はトリスの元へと向かう。仕上げに入ってくれと交信すると、盾の剣の連結が緩みグネグネと生物的な動きを始めた。


盾の剣フンフ――シュランゲ


 直線的だった軌道が鞭のそれに変わる。トリスは距離を取り、傷だらけのままの巨竜タイラントの首を狙う。傷を打ち据えられた巨竜タイラントはトリスに噛みつこうと首を伸ばす。


『トリス!』

『任せた!』


 敵の牙が届く前にトリスを抱きかかえて回収。駆け抜けようとすると途中で彼女が肩を叩きウインクした。了解、ここが仕掛けどきだね。トリスを降ろして反転、武器を装備して巨竜タイラントへ攻撃を仕掛ける。こちらに気を取られた敵の首をトリスの剣が激しく打ち据えた。


 ギィィィ‼


 その一撃で巨竜タイラントはキレた。トリスだけを執拗に狙い噛みつき攻撃を繰り返し始めついには盾の剣に噛みついた。スキルの補助効果のおかげでしばらくは敵と引っ張り合いを繰り広げていたトリスだがフッと笑みを浮かべてその手を弛めた。


『流石に怖いな……

 

 盾同士の結束が消失したことで敵は支えを失いよろめいた。思いもよらず天を仰いだ巨竜タイラントの無防備な首を呪いの鎖が再び襲う。


『囚われ、錆びつき、沈み逝け……今度こそ‼』


 シャンという鈴の音と共に赤錆びた巨大な鎖が大蛇のように地を這い現れ、敵の首に跳びつき巻き付いた。奇襲に成功したリザードファイターが長とマァカちゃんを筆頭に柱の影や戦闘域の外から姿を現し、音楽を奏で始める。その音に呼応し呪いの鎖は太くなりその数を増していく。

 シャンと鈴の音が鳴るたび、黒い柱からも音がはね返ってくる。リザードファイターの呪物が音を増幅させているのだ。

 巨竜タイラントが抵抗し鎖は引き千切られるが、そのたびに切れた鎖同士が連結し敵を襲う。族長が敵へと右手をかざしながら歩を進め続ける。


『やはり儀式音楽の範囲外から引いてくると力が弱いな。だが、逃がさん……!』


 呪いの大鎖と巨竜タイラントの引き合いが続く。鎖は確実にその力を増しているが、抵抗の度に千切れて欠けてを繰り返している。族長は歯をむき出しにしながら前進を続けた。ときおり彼のかざした手から何かが弾け飛んでいる。


 ガァアアッッ‼


 咆哮と共に一際大きな抵抗が鎖を壊す。その瞬間、族長の伸ばした腕があり得ない方向へひしゃげ血を吹き出した。


『族長さん⁉』

『……ッ! おぉぉぉっっ‼』


 ひしゃげた腕にもマァカちゃんの悲鳴にも構わず戦士達の長は吠える。無事な左を掲げると拘束を再開する。鎖は再生し、敵に巻き付きその肉体を錆びつかせ侵食し始める。


『族長さん⁉ 族長さん⁉』

『狼狽えるな、ロンダルギア。まだ左がある。役目を果たすに充分だ』


 そうして彼はマァカちゃんの背を押し、捕らえた巨竜タイラントと正対させる。


『さあ、ここからはお前の役割を果たせ。ロンダルギア』



 § §



『これで決着になればいいが……』

『わかりません。トリスはブレス警戒、ニカは突撃準備、旦那様、お互いに補給』

『了解した』『わかりましたわ』『わかった』


 マァカちゃん達から少し離れて彼女の魔法を待つ俺達にヨウコが指示を与える。

 敵の拘束が解ける前に強力な魔法攻撃を行うのがマァカちゃんの役割だ。そばに族長が居るおかげか、取り乱すこともなく魔術の発動準備に入っている。彼女の周囲を使い魔のウィルオウィスプが宙を泳ぐように飛び回り円を描いている。

 

 グォォォ……‼


 高まっていく魔力を感知したのか巨竜タイラントがもがき叫ぼうとするがそれは叶わない。強大さを増した呪いの大鎖はいまや奴の顔面さえも覆いブレスをも封じていた。


『準備、整いました。族長さん、退避してください』

『ん? なにを言ってる? 私にはまだ役割が残っている』


 マァカちゃんからの申し出に対して彼は首を振り、その肩を左手で支えた。


『その一撃に集中しろ。魔力の高まりからして、踏ん張りは効かん』

『そんな一撃のそばにいたら腕の傷に障ります! 片腕でなにが出来るんですか? 大体、呪い返しの指環を私に――』

『貴様を支える。私にはそれが出来る。貴様も役割を全うする。何も問題ない』


 気弱なはずのマァカちゃんは食い下がるが、族長も譲らない。ヨウコがやれやれと首を振り彼女に攻撃を指示する。


『マァカ、撃ってください。その人の説得は恐らく巨竜タイラント撃破よりも可能性が低い』

『嫌です‼』

『…………』


 高まった魔力と感情の昂ぶりから特大ボイスで否を突きつけられたヨウコは耳を押さえ渋面で『ゲロ子めぇ……‼』と悶えた。困ったことになったとトリスを見るが彼女も『これは難しい』と首を振る。そんななか嗄れた笑い声が響いた。


『カカカ! お熱いねぇ、トカゲ野郎! 指環の次は誓いの言葉ってか⁉』

『傭兵……貴様ぁ』

『え? ええっ⁉』


 ゼロの言葉に族長は呆れるがマァカちゃんは顔を真っ赤にして取り乱し始めた。


『お嬢ちゃん。男ってぇのはなぁ、不器用なのさ。ゆったりと優しい言葉を交わし合う時間より、強い言葉や物を与えたり……とかく行動に頼っちまうもんなのさ』


 年長者のありがたいお言葉にマァカちゃんはしきりに頷いている。あの子、悪い大人に騙されないか心配になるな。

 ところで、隣の女子三人の視線が物凄い突き刺さってるんだが、どうしよう? トリスは好奇心、ヨウコは呆れ、ニカさんは愉快に彩られた瞳でこっちを見ている。正直、とても困る。

 思わず額に手を当て天を仰ぐと、族長が折れ曲がった右腕で同じような仕草をしていた。うん、気持ちはわかるよ。


『そんな男の愚かしさを可愛い奴だと許し、ときには諫める。良い女ってのは最初に優しさを欲しがらないもんだ! まずは与える、許す、包み込む……! お嬢ちゃんはきっといい女になる! だろう、?』


 ゼロの演説にマァカちゃんは得心いったように族長を見る。どうしてくれるんだゼロ、俺の隣でヨウコの尻尾が凄いテンションで揺れてるんだけど。火中の族長と目が合った。リザードマンの表情って正直よくわからないけど絶対に怒ってるよなアレは。

 お願いします、このままじゃ収拾がつきません。この街の命運がかかっているんです。言葉には出来ない想いを目で訴えるとやがて族長は嘆息した。流石はリザードファイター大所帯族長リーダーだ! 彼は屈んでマァカちゃんの瞳を覗くと少し淋しげに笑い、いつもと違う気弱な声音で想いを紡いだ。


「すまなかった……お前のことが心配なんだ。もう少しだけ俺の好きにさせてはくれないか、マァカ?」

「……わかりました。その、よろしく……お願いします」

「ありがとう」

 

 なんだこの緑色のイケメンは。俺まで少しトキメいたぞ。

 マァカちゃんが彼の手を取り一歩進む。族長は手を繋いだまま彼女を後ろから抱きとめるようにして支え、朗々とした声で遠吠えを始めた。その導きに従うようにマァカちゃんが声を重ねる。響き合う歌声に呼応するように魔力が高まっていく。


盾の花ゼクス――クノスペ……皆、隠れろ』


 大気を揺らし、血を沸かせ、地を震わせる魔力の高鳴りは人の業とは思えぬほどの偉業の胎動だ。トリスが咄嗟に発した盾の花に潜り込むと、魔法が発動した。

 音はしなかった。ただまっすぐに、敵目掛けて炎と爆発が押し寄せる熱と衝撃だけが肌を震わせた。

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