真 第一話 夜の道楽
『あんた、なんの仕事に就きたいん?』
母親の唐突な電話だった。
俺の母は、高校までしか出ておらず、大学でのんびりしている俺をみて、将来の心配をしているようだった。
だが、そんなの知るものかと言わんばかりに俺はコーヒーを飲みながらひたすらゲームをするという大人らしさの欠片もないような娯楽に興じていた。
『まあ、何かにはなるから』
『何かって何よ』
『いや、それはわからんけど、まあ何かだよ』
『そんなんでええんか!』
俺の母は突然語気を荒げた。
・・・なるほど。
母のいつものやつだった。
いつものやつ、というのは酔っ払って意味不明な質問や論理を俺に押し付けてくる行為であった。大学に入る前からも時々このようなことはあり、その度に何故か怒られていた記憶があった。
面倒だな・・・
『あんたはいつも偉そうだ!そんなんじゃだめよ!』
―あー、はいはい―
『分かっとるんか!分かってないんでしょ!』
―わかった。分かったから。
『もうええわ、じゃあね』
一方的に罵られ、説教は終わった。
椅子に座っていた俺は一つ溜め息をつき、コーヒーを啜った。ブラックコーヒーの苦味が程よく喉をすり抜けていった。小さい頃はコーヒーに砂糖を入れ放題で大人になった気分を味わっていたが、今では甘いコーヒーの方が飲めなくなってしまった。これでも、成長してきた方だと俺は思っていた。
――偉そうだ!
母の言葉が蘇る。
こういうときに限って自分の発言が明確には思い出せない。そんなに癪にさわるように事を言っただろうか?
母曰く、何かを続けるということは良いことで、何かをすぐに辞めることは悪いことだといった。
それがいったい何を指すのか。もし、俺が学生を辞めようとしているのであれば、その理屈も分からなくはない。大きな金がかかっているにも関わらず、先の見えない社会に高卒として身を投げ出すのは親としても懸念する所はあるだろう。
だが、そうではない。
俺が辞めようとしている、否、辞めたのは部活とバイトであった。
学生の身分でやるべきことの一つとして部活やサークルでの活動があるかもしれないが、選択を誤ってしまったなと感じたため部活は辞めた。辞めたのは放送部とかいうややマイナーで、それでいてラジオを作るといったややセンセーショナルな部活だった。決して悪い部活ではなかったし、楽しかった。ただ、部活としてやりたくなかった、それだけだった。
バイトは半年で辞めた。クレーム対応のバイトで給料は良かったが、労力が掛かりすぎることと精神的なダメージの蓄積が要因だった。
これらのことは学生にとってさほど珍しいことであるとは思えない。三日で部活もバイトも辞めるやつだっている。俺はそれを悪い何て思ったことはない。寧ろ、ぶつぶつ文句を言いながらそれらの組織に属している人間の方が愚かで、非生産的であると思っていた。
母はそのような事情を話した俺を
――こむずかしいやつだな、あんたは
と一蹴した。
そして、偉そうだ!と怒号を上げるのだ。
俺は間違えているのか。
これまでの生活でも俺は俺の正しいと思う道を選んできたはずだ。
自信がないわけではなかった。けれど、将来の自分をそこに要素として加えてしまうと、見たくない現実から目を逸らしているという現実がそこにあることを思い出した。
何をやっても上手くいかない。
そんな俺が将来何ができるのか?、
何も成し遂げていないくせに理論だけは達者。
偉そうに理屈だけ述べる若者。
きっと俺は、そこらの意識高い系大学生(笑)と変わらないんだろう。
俺が今まで見下してきた人々と、大差ないのが俺、御堂蒼真という男なのだろう。
一通り自分の発言と母の発言を思い返し、ひとしきりの自己防衛を脳内で行った所で、眠気が襲ってきた。カフェイン摂取の効果を打ち消すくらいに脳を使ったということだろうか?昨日は三時過ぎまで寝れなかったというのに。
いや、それは気のせいであろう。
ただ、今日が昨日と違うだけだ。
俺は布団に潜り、目を閉じた。
俺は誰で、君は誰か そこらへんの社会人 @cider_mituo
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