俺は誰で、君は誰か

そこらへんの社会人

第1話 探訪の夜

深夜一時

心のドアをノックする。

なんてのは気持ちの悪い表現で、ただただ椅子に座って思慮を巡らしていた。


『俺は何がしたくて、今生きているんだろ

う。』


どうしようもない問いだった。

大学に入学してから二年が経ち、人生で20回目の春を迎え、多くの学生が日々を満喫している中、漠然と毎日を過ごしている自分にはうってつけの、いや、最悪の問いであることに間違いはない。


―20年も生きてきて一度もそんなことを考えたことがないなんて、能天気な奴だな―


心の中で黒い自分が毒づく。

待て待て、そういう訳じゃない。今まで挫折も苦悩もない人生だった、なんてことはないんだ。何度も悩み、『自分がしたいこと』を探してきた。自分を客観視することに全力を注いだ。そして前を向いて、ひたすらに生きてきた。これもきっと、その道のりの一環だと俺は思うんだ。


ただ―――――

今、俺が直面している問題は、これまでのモノと違う気がするんだ。

以前の問いには『毎日ゲームがしたいからする!』とか『勉強して大学に進学する!』とかっていう目標を答えとして提示して、ただ頑張るだけで済んでいた。目標のために努力するなんてのは、長い義務教育期間の間に身に付けざるを得なかったし、親からの期待や社会を理解しつつあった当時の自分には、否が応でも『努力する自分』を現像する必要があった。

まあとにかく、そのお陰で自分を見失うことなく謎の自信に満ち満ちた生活を送れていたんだろう。


―ともすれば、20歳の俺が対峙している問いも目標を提示すればいいのでは?―


黒い自分が口元を大きく緩ませ提案する。


あぁ、こいつは分かっている。それで解決できない、寧ろ問いを複雑化させているんだということを。


言語化しよう。俺のしたいことは『何かを作ること』だ。それも、『人の心を動かせるような、多くの人に触れられる何か』である。


『何か』に縛りはない。幼い頃から夢見ていた小説家でも、人気動画投稿者でも、プロゲーマーでも何でもよかった。そのどれもが俺に影響を与え、また多くの人の心を動かした。『憧れ』という言葉に尽きる。ただ、憧れた。


やや話が逸れてしまったが、本題に戻そう。俺の目標が何故、問いを複雑化させてしまったのか。大体察しはつくだろう。


『上手くいかなかったから』

である。


大学に入って自分の時間は莫大に増えた。そうなれば目標に向けてチャレンジすることは容易だった。小説も書き、大手動画投稿者を真似して動画を作り、ゲームの大会にも出場した。どれも新鮮で充実していたのは間違いなかった。

けれど、結局の所、俺自身が人に影響を与えるような事象には繋がらなかった。

小説は文章を書くことが苦手な俺には苦痛で、動画は視聴されること僅か数回、ゲームの大会は強者にひれ伏すのみ。


『才能』の欠如。


今までまったく気付かなかった訳じゃない。その片鱗は見え隠れしていた。テストで一番をとれなくても、その言い訳は『勉強せずにこの点数だから十分』だった。今でもその言い訳を思い出せる時点で、やはり自分の才能の欠如には薄々勘づいていたのかもしれない。

数年間、心のどこかには、ずっと存在していて、それでも気付かないフリをして、いつのまにか膨れ上がって眼前を覆うその現実に今、直面したのだ。

なぜ、今、20年目の春なのか。

きっかけは親からの電話だった。

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