終章   ザオリク

―なんであたしだけいつも酷い目にあうの。まだ十五年しか生きていないのに。もし本当に神様がいるのならあたしのことなんて何も見てくれていないんだと思う。たった十五年でもう人生終わらせたいと本気で思うなんてどうかしているのかもしれない。


お母さん、お母さんの新しい彼氏は見掛けはとても優しいし、お母さんと一緒の時はとても優しい。本当はお父さんって呼ばなきゃいけなかったけど、それだけがどうしても出来なかった。ごめんなさい。そしてそれが気に障ったのかお母さんがいないときのその人は目つきが変わりあたしに汚い言葉をずっと投げつけてきたの。あたしが悪いんだ。あたしがいい子じゃないからこの人は怒るんだ。そう思っていたけど次第に言葉だけでなく暴力を振るわれるようになった。最初は平手、だんだん拳になっていった。あたしはもっといい子にならなきゃと思った。

暴力をふるわれたってそれでも良かった。あたしはそれくらい耐えられた。


あたしには彼がいてくれたから。心の支えっていうものは本当にあると思っていた。中学二年の頃から付き合っていた彼。歳は上だけど優しくて、すごく自慢の彼だった。そんな彼にならどんなことでも話せた。お母さんが離婚してからあたしに見向きもしなくなったこと。今のお母さんの彼氏から暴力を受けていること。どんなことでも、なんでも話せた。話すことであたしはどこか気持ちが楽になる感じだった。彼も真剣に聞いてくれていると思っていた。そんな彼が好きだった。いや、今でも好き。あの日から連絡はとれなくなったけどまだ好き。こんなあたしに向き合ってくれるのは彼しかいなかった。


「あたし汚されちゃった。」


涙でぐしゃぐしゃになりながら彼に打ち明けた。そして伝えるとまた涙が零れていた。


「俺にも同じことさせろよ。」

彼が何を言っているのか理解できずあたしは動けずにいた。


「だから、やらせろって言ってんだよ。」

もう何が何だかわからなかった。彼が怒っていることだけは理解ができたのであたしは黙って頷いた。



それが毎日のように続き、毎日彼の家に通うようになっていた。どこかで依存していたんだと思う。


毎日彼に会える喜びと複雑な感情が入り乱れていたけど彼の家に行った。でもその日彼はそこにいなかった。いたのは見ず知らずの人たち。

もう何が何だかわからない。彼はどこへ行ったのか。


解放されたのは夜も更けていたころだった。あたしは何のために生きているんだろう。こんなことならいっそ死んだ方が楽じゃないか。あたしより苦しくもないのに死を選んだ人ってどれだけ弱いんだろう。まぁあたしももう死ぬから同じ様なものか。など色々考えながらその日は海辺で朝日を眺めていた。


日の出から少しして警察官に声を掛けられ、行方不明者無事発見という無線連絡を聞いた。どうやら警察に相談してくれていたらしい。あたしはお母さんに見捨てられていなかった。最期の最期にお母さんの愛情を思い出すことが出来て本当に良かった。でもなんで直接会ってくれないの?あたしはもっとお母さんと話したいよ。色々母子で楽しいこともしたかったよ。お母さんのこと本当に好きなんだよ。あたしより彼氏の方が大切?そうだよね、お母さんも女性だもんね。だからあたしは死んでお母さんの邪魔にならないようにします。お母さんも彼もいなくなった今生きている意味は何もないと思います。

楽しい青春を送ることが出来なかったことが悔いは残ります。それでもあたしは生きることより死ぬことを選びます。

さようなら愛するお母さん。先立つ娘を赦して下さい。




目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。あたしはマンションの最上階から飛び降りたが、植え込みに落ち生死の境を彷徨っていたが奇跡的に助かったらしい。この世に未練なんてないと思っていたのに案外「生」に未練があったなんて。


退院してから彼に会おうとしたがやっぱり連絡が取れない。家に行っても不在。誰かが住んでいる気配すらない。


何かあったのかな。





「未成年売春斡旋を指南していた疑いで男を逮捕しました。」

テレビから流れるニュースを見てあたしは目を疑った。名前こそ違うがそこに彼の顔があった。


「え?どういうこと?」

あたしは誰に言うでもないのに声にならない声を出してしまった。


あたしは捨てられたんじゃない、売られたんだ。


ここまで気づかなかったあたしって何なの。恋は盲目だとか言うけど自分はそんなことないと思っていた。すべてが嫌になった。


信用していた彼にまであっさりと裏切られ、あたしだけ不幸なのって何か違うと思う。お母さんも今どこにいるのかわからないし、あたしが入院したことで喜んでいるのかな。

そんなことを思いあたしはお母さんに電話をした。そして義理ではあるが仮にも父親にされたことをすべてお母さんに話した。途中から相槌も打たなくなり終いには発狂し始めた。それからあたしは父方の祖父母の家で生活をすることになった。お母さんはいまどこにいるのか、生きているかどうかも教えてくれない。彼氏と二人でどこかに掛け落ちでもしたのか、それとも自殺したのか、刑務所に入っているのかあたしにはわからない。



あたしは一度死んでいる。そして生き返ったあとに追い打ちを掛けられた身だ。生きていることに対する罪の意識は恐ろしいほどない。真実を映し出す鏡でもあれば今あたしは鬼のような顔をしているに違いない。

あたしは大人になるまでは今を楽しもう。せっかく与えられた二回目の人生なんだから青春ぐらいは心から楽しもう。幸いにもこの祖父母の土地にあたしの知り合いは誰もいない。過去を閉じ込めて生活することも簡単だ。

今は具体的には何も思いつかないけれど、勉強もそれなりにはしていこう。それで色々と見えてくるはずだ。

神様、青春を楽しむ時間を下さり、ありがとうございます。悔いのない青春を歩もうと思います。




「名前と受験番号を教えてください。」

「はい、受験番号九十二番、高橋美鈴です。よろしくお願いします。」―

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しかしMPが足りない 蓬さと子 @yomogi_satoko

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