最終話 太陽が照らす道を
小さな木造りの小屋の中。質素なベッドの上で、幸せそうな表情を浮かべてフェルシは眠っていた。もう空は明るく、鳥たちは元気にさえずっている。だが、フェルシは目を覚ます気配がない。
バタンッ!
「フェルシ! いつまで寝てんの!? もういい加減起きなよ!」
そんな彼の小屋の扉を乱暴に開けて、サターンはベッドの上のフェルシを叩き起こした。強引に毛布を剥ぎ取られて、フェルシはしぶしぶ起き上がる。
「うるさいな! お前、年々口うるさい母親みたいになってきやがって」
「こんな時間になっても起きないフェルシがいけないんでしょ?」
サターンは頰を膨らませながらフェルシの文句を一蹴した。その背丈は彼らが世界の崩壊を食い止めたあの日より少し伸びて、顔つきも少し大人っぽくなっている。
「もうみんな作業始めてるんだからね! フェルシも早く来なよ!」
「はいはい分かったから!」
※※※
世界の崩壊を食い止めても、世界が受けた傷跡はそう簡単には治らない。ホムンクルスたちによって破壊された町や村はぼろぼろで、とても人が住める状態ではなかった。サターンとフェルシは行き場を失ったホムンクルスたちと一緒に、壊した町を元どおりにする活動を始めていた。
ルトロスが贈り物、といったのは、ホムンクルスたち一人一人に自我を与えたことだったのだろう、と二人は思っている。目撃証言によれば、あの日飛び去った蝶たちは、ホムンクルスたちの中に溶けて消えたのだそうだ。そして、人間の命令を聞くだけの生き物だったホムンクルスたちは自我に目覚めた。
人間たちの多くは町を破壊したホムンクルスたちを恐れ受け入れなかった。それを理解したホムンクルスは自分たちの意思で壊した町を元どおりにすることを始めた。その姿を見て、フェルシとサターンは彼らを手伝うことに決めたのだった。
※※※
「おーい、フェルシ、サターン!」
世界中を回って破壊された町の復興に励んでいる二人の元に、たまに嬉しいお客さんがやってくるときがある。彼は真っ白な髪を風になびかせながら、颯爽と馬に乗って現れた。
「リリー! 久しぶりだね!」
「よっ、元気にしてたか?」
「もちろん! お前たちも相変わらずって感じだな」
リリーは世界中を回って、人間と魔族、そしてホムンクルスの間を取り持っていた。聖都の教皇たちの助けもあり、世界は少しずつ共存の道を進んでいる。だが、世界崩壊に至る原因は魔族である、あるいはホムンクルスである、などの誤解が生じていたりして、なかなか簡単にはいかなかった。
「ロベリアに会ってきたよ。相変わらずゴスラーの町は平和そうだった。近くの人間たちの集落と貿易を始めたんだって、嬉しそうに言ってたよ」
リリーから世界中の様子を聞くのが、二人はとても好きだった。スイッチを押して、世界を新しく始めても、ほとんどのことはそう上手くはいっていない。問題は山積み、ぼろぼろになったままの世界だけれど。でも、それでも彼らにとっては愛すべき世界だった。
「それにしても、いまだにフェルシの短髪は見慣れないな……。その髪型のせいでアンジェラにフラれそうになったりしなかったのか?」
「アンジェラはその髪型も素敵ねって言ってくれたぜ? あいつはいい女だからな」
フェルシは自慢げに告げる。アンジェラは弟とともに聖都へ移り住み、教会で住み込みで働いていた。
「アンジェラも変わってるよね。なんでフェルシなんかに惚れたんだろ」
「なんでなんだろうな。俺もずっと謎だと思ってる」
「おいおい、俺の魅力がお前らにはわかんないかなー?」
そんなたわいもない話ができることが、サターンは幸せで仕方がなかった。あの日スイッチを押したことは間違いじゃなかったと、改めて思えるから。
「じゃあ、そろそろ行くわ。元気でな!」
「おう、リリーも気をつけてなー」
「また会いにきてねー!」
白い馬に乗って去っていくリリーの姿を見守っていると、ひらひらと舞う蝶が目に入った。きままに舞うその蝶は、やがてゆっくりと空高く羽ばたいていく。見えなくなっていく蝶の姿を見つめながら、二人は微笑んだ。
「……きっと、俺たちがリリーにまた会えたこと、あいつが喜んでくれてるんだな」
「うん。きっと、そうだね」
リリーと蝶を見送って、フェルシがあーあとため息をつく。
「はあ、そろそろ作業に戻んなきゃなー」
「そうだよ、フェルシは寝坊してるんだから、みんなの倍は働いてよね!」
「はいはい」
「はいは一回!」
二人は楽しそうに話しながら、作業していた場所に戻っていく。サターンは一度だけ、名残惜しそうに蝶の消えた方向を見上げた。
「ありがとう」
誰にも聞こえない声で呟いて、サターンは微笑む。
二人の歩いていく道を、太陽が優しく照らしていた。
スイッチ 〜Braves⇄Villans〜 三上 エル @Mikamieru_8
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