第45話 そして蝶は羽ばたいた
勇者の剣が振り下ろされた瞬間、まばゆい光が剣から溢れた。剣が何かに刺さったような感触はなく、二人は驚いてルトロスを見る。その瞬間、再び桜の花びらが三人を包み込んだ。
「うわっ!?」
「おわ!」
その勢いに二人は驚き、思わず勇者の剣を落としてしまう。すると花びらの奔流はあっという間にそれを飲み込んでしまった。
「フェルシ、サターン」
花びらに気をとられていた二人を、ルトロスが優しく抱きしめる。そのとき二人は気づいた。ルトロスの背中に生えていた紫色の蝶の羽根が、少しずつ消えていっていることに。いや、正確に言えば、ルトロスの羽根はたくさんの小さな蝶に変わって世界中に飛び去っていた。
「ルトロス……!?」
少しずつ蝶に変わっていくルトロスの体を、サターンは必死に抱きしめる。彼の隣でルトロスを抱きしめるフェルシの姿もまた、だんだんと薄れていた。
「これは、俺からの最後の贈り物だ。《禁忌の子》たちに、《禁忌》を統べる魔王であった俺からの祝福を。そして……」
もううまく動かないのであろう手で、ルトロスはフェルシの長い真っ白な髪を取る。その瞬間、ルトロスの手から一筋の疾風が放たれて、フェルシの髪を切り落としてしまった。
「え……」
驚くフェルシの胸に、ルトロスの体から生まれた蝶が一匹飛び込んでくる。それは消えかけていたフェルシの中に溶け込んで消えてしまった。すると、みるみるうちに短くなったフェルシの髪が真っ黒に染まっていく。桃色だった瞳も、真っ赤に染められていった。
「これは最後の《禁忌》。死んだ者は、生き返らない。けれど、白い髪に桃色の瞳の勇者だった男はもういないんだ。俺と一緒に、彼は死ぬ。だからフェルシ、お前は生きろ。サターンと一緒に、この世界を守ってくれ」
「ルトロス……!」
フェルシは赤い瞳から、ボロボロ涙をこぼす。消えかけていたその体は、もう透けていなかった。
「ルトロス……!」
サターンも涙が枯れそうなほどに泣いている。それでもルトロスの最後の姿を見届けなければと、必死で涙を拭った。
「フェルシ。サターン。お前たちを、愛しているよ。俺はずっと、お前たちの側にいる」
「わかってるよそんなの! 言われなくたって、わかってる……!」
「フェルシったら、最後まで素直じゃないんだから! そんなんじゃルトロスが心配しちゃうよ!?」
「そんなこと言われても! ……俺だって、ずっとあんたのこと忘れねーよ! ずっと愛してる! だから心配すんな!」
「わかったわかった。なんだか、お前らしい最後の言葉だな」
微笑むルトロスの体は、もうほとんど残っていない。無数の蝶が空を飛び去っていくのを、ロベリアとリリーも泣きながら見つめていた。
「ロベリア、リリー、二人を頼んだぞ」
「ああ! ルトロス、今までありがとう」
「どうか安心して、いってちょうだい」
そしてルトロスは、最後にサターンのほうを向く。サターンはごしごし目をこすりながら、ルトロスの蒼い瞳をまっすぐに見つめた。
「ありきたりなことしか、言えないけど……ルトロス。僕を拾ってくれて、愛してくれて、ありがとう。ずっと、愛してるよ」
その言葉を、ルトロスは本当に嬉しそうな笑顔で受け取って。そして、最後に二人の耳元で小さく囁いた。
「ありがとう」
ルトロスの体が、全て小さな蝶に変わっていく。そのとき、桜の花びらが蝶たちを取り囲んだ。風に乗って、蝶たちと花びらが空高く舞い上がっていく。それは空の割れ目に向かって飛び去っていった。
そして、割れ目から真っ白な光が放たれる。それは、あっという間に世界中を包み込んでいった。あまりにまばゆい光の中で、サターンはルトロスの幸せそうな笑い声を、確かに聞いた気がした。
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