第10話 魔女
綺麗な色のガラスに覆われた電球の明かりが廊下を照らして彩る。廊下の先には広いロビーがあっていろいろな絵が飾られていた。ピンク色の帽子を被った女の人の横顔、夕日に照らされた秋桜、黄色い大きなタンポポ、どれも明るい色彩で描かれた絵で、見る人を明るい気持ちにさせる。左の方には大きな螺旋階段、右にはお洒落なテーブルと椅子が置かれていた。テーブルの上にはバラがたくさん入った花瓶が置かれてる。俺らはそれらを通り抜けて真正面の通路を進む。その先にはもう1つ部屋があって、暖炉の前の椅子に座り寛ぐ魔女の膝であの猫が寝ていた。下を向いて、猫の背中を優しく撫でる魔女が俺らの方を向く。俺を見て、サクラを見て、また俺を見て。
「大きくなったねぇ。」
と俺に言う。
「え、知り合い?」
隣にいたサクラが驚く。けど驚きたいのは俺だ。魔女は驚いてる俺らに構わず続ける。
「彼女かい?」
「そんな訳ない。」
とりあえず魔女にそう返事をして、聞いてみる。
「俺の事知ってんの?」
「ああ、小さい頃のな。」
大きく頷く魔女を見つめるけど、記憶にはない。
「お前が生まれたとき見せてくれたのさ。百合が写真を。私は百合の姉だから。」
百合(ゆり)とは婆ちゃんの名前だ。姉?婆ちゃんの姉が魔女?俺の頭の中は半分パニックだ。サクラは驚いて声さえ出ていない。口をパクパクさせている、金魚みたい。サクラはひとまず置いといて質問を続ける。
「いつから俺達に気づいてた?」
「前から。私は千里眼を持ってるんだよ。お前の婆ちゃんもね。」
千里眼っていうと、遥か遠くの物まで見通す力、千里先の事まで見通せる目だから千里眼というらしいあれだよな。俺の婆ちゃんも持ってる、確かに持ってる。飴を当てたやつ、あれは千里眼を持ってるからか。
「他にも聞きたいことがあるんだろう?」
魔女が聞く。いつから魔女は俺達の事に気づいてたのか。は、今分かった。どうして俺達を導くのか。一体どこに連れていこうとしてるのか。どこに、はここだ。魔女の洋館。だから、
「どうして俺達をここへ?」
「それは、」
俺の横のサクラへ目を向ける。
「願いがあるんだろう?お嬢ちゃん。」
サクラはこっちを見ずに聞いた。
「叶えてくれるんですか?」
「場合によるよ。」
サクラは俺を見て、その後魔女を見て、一つ頷いた。
「魔法を、取り戻したい。」
魔女は確かめるようにサクラをジッと見て言う。
「それは何かを犠牲にしてでもかい?」
「何かって…?」
「本来は魔法を取り戻すなんて無理な話さ。それに伴う犠牲というものがあるはずだろう。タダで願いが叶うなど世の中それほど甘くないよ。お前さんの大切な物。」
思わず考え込んだサクラに、魔女は続けて言う。
「それに、魔法をまた消すつもりだろう。」
ハッと顔をあげ、魔女を見たサクラ。驚いたサクラを魔女は見つめる。驚きで大きく開いた瞳が、ふいに揺れる。魔女を映したその瞳が、閉じないように意識して見開いたのが分かった。それと同時に悲しみのような何かがサクラの表情に映る。でもそれは一瞬で、それを隠すように目を静かに伏せ、笑った。確かに笑った。でもそれは今までのサクラの笑いとは違って、自嘲するような笑みだった。
「はい。」
そんなサクラに魔女はもう一度問う。
「大切な物を犠牲にしたとしてもか?」
「そうです。」
今度は考える事も無く即答した。さっきと違い、どこか吹っ切れたような顔をしたサクラがそこにいた。でもその顔を魔女は打ち砕く。
「でも彼女は、それを望んでいるのか?」
息を飲むように口に手を当てたサクラは、相変わらず魔女から目を離さない。でもその目には先程まで無かった涙が浮かんでいた。
「た、ただの、自己満です。望んでるのかなんて関係ない。」
「でも、彼女は嫌なんじゃないのか?」
「…そんなの、知らない。嫌でも、私はっ!」
大声を出したサクラは、自分の声に驚いたように口を閉ざす。ごめんなさい。誰にともなく謝る。
一人だけ状況を分かってない俺。
魔女はただ「よく考えな。」と一言言って出ていった。
魔女が出ていった後、残された俺は「…大丈夫か。」なんて的外れな言葉。だってなんて声をかければいいか分からない。ずっと黙っていたサクラは、それを合図にポツリポツリと喋り始めた。
二月の雨と、三月の間。 由良 @sirayuki000
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