鳥籠の少年

猫目 青

第1話

 ふぁふぁと羽が靡く。その羽は少女たちの背についていて、白銀色にときおり輝いた。

 気がつくと僕は、真っ白な鳥籠の中に閉じ込められていた。そんな僕を、籠の外にいる少女たちが興味深げに見つめているのだ。

「これが、ノエルの連れてきたた子?」

「これが、ノエルの助けた子?」

「ここで飼うの?」

「飼いましょうよ!? 彼、可愛いわ!!」

 弾んだ声を上げ、少女たちは美しく輝く瑠璃色の眼に笑みを浮かべる。僕は何のことだか分らなくて、首を傾げることしかできない。

 お屋敷にいたお嬢様のご機嫌取りをいつものようにしていたら、いつの間にか僕はこの鳥籠の中に閉じ込められていたのだ。

 砂丘のようにを想わせるうねる黄金色の髪に、ルビーの宝石のような眼。ルヴィお嬢様ほど美しいお方はこの世に2人とおられないだろう。立ち振る舞いも優美な彼女は社交界の花。

 それと同時に、その身に毒を持つ方でもある。

 彼女の部屋にはたくさんの鳥籠がある。その鳥籠に彼女は小鳥を閉じ込めるのが趣味なのだ。

 雲雀に、鶯、北国にいるというシマナガエという鳥も彼女の鳥籠の中にいる。お部屋の中庭に位置する梶の木にはお嬢様特性の捕獲機が仕掛けられていて、毎朝新たな仲間たちがその中にいるのだ。

 お嬢様はというと、そんな鳥たちの中からお気に入りを何羽か選び出して、その子にあった篭をたっぷり時間をかけてお選びになる。

 その他の鳥たちは、夜のディナーになってお嬢様と再開するのだ。

 その鳥の中に、一際白く美しい小鳥がいた。お嬢様は飽いた鳥を殺してしまう習慣があったけれど、その鳥だけはいつまでもいかしておいたのだ。

 そんなお嬢様のお気に入りに、熱をあげる鳥がいた。きっかけは、些細なことだった。

 その鳥がなんと、お嬢様の部屋に迷い混んできたのだ。

 灰色の羽をもつくすんだ小鳥だった。僕は必死になって逃げるようにその鳥に訴えたんだ。ここにいたらお嬢様のディナーにされてしまうよ、早く逃げなさいって。

 鳥は驚いた様子で僕を見て、あわててその場から飛びさたっていった。間一髪、ルヴィお嬢様が部屋に入ってくると同時に、彼女は窓から逃げたのだ。

 捕獲機に入っていた醜い鳥をお嬢様は料理するのが大好きだ。その様子をいつも僕に見せてくれる。そんな僕の前でディナーになる鳥が、一羽でも減ってくれて安心した。

 ところが僕と彼女の物語はこれで終わりじゃなかった。彼女は次の日も僕のもとを訪ねてきたのだ。

 その嘴には小さな赤いバラが咥えられていた。

 バラの花言葉を知っているかい。愛だよ。しかも、赤バラの花言葉は情熱的な愛なんだ。

 その花言葉を体現するように、彼女は僕のもとを毎日訪れた。彼女はその日の気分にあわせた花を僕に贈る。僕は彼女にお礼の歌をうたう。

 彼女はなにも言わないけれど、花言葉は彼女の気持ちを伝えてくれた。

 そんなある日、彼女が竜胆を持ってきた。花言葉はあなたの哀しみに寄り添う。

 彼女はそっと紺青色の竜胆を僕の足元に置いて、僕の羽を見て涙を流したんだ。僕の風切り羽がないことを、彼女は悲しんでくれたんだ。

 僕はもうどうしようもなく自分のことが憐れになって、彼女の優しさに心打たれたんだ。

 僕はその竜胆を両手でしっかりと握りしめ涙を流していた。

 彼女が歌う。まるで僕を慰めるように、鳥籠の格子から僕は彼女へと手を差しのべていた。彼女はその手に止まって優しい声で鳴くんだ。

 僕は涙を流しながら、座り込んでいた。そんな僕の周囲を彼女は飛ぶ。優しく鳴きながら、彼女は僕の頬に顔を擦り付けてきた。



 僕は鳥だけど鳥の形をしていない。お嬢様は、魔法使いなんだ。彼女は気に入った鳥たちを人の形にして側に送く。僕らは羽の生えた少年少女になって、お嬢様の鳥籠の中に閉じ込められる。

 ディナーにされる鳥たちも人の姿かたちをしたまま調理されるのだ。

 それを僕らはお嬢様と一緒に食べる。食べたあとは、彼女の夜の戯れに僕は寝台へと呼ばれていく。

「今日もあなたは一等綺麗……」

 うっとりとお嬢様は呟いて僕の白銀の髪を撫でる。あぁ、またあのおぞましい時間が始まるのかと思うと、僕は心が空っぽになるのを感じていた。

 僕は何も考えないように、自分の中に閉じ籠る。そっと目を瞑り、僕は彼女のことを思った。灰色の醜い鳥の彼女。でも、僕は目の前にいる美しいお嬢様より、彼女の方が美しいと思った。

 お嬢様は美しい見目をしているけれど、心が醜い。彼女は醜い外見をしているけれど、心が美しい。

 僕は、僕は、彼女たちの何に惹かれているのだろうか。お嬢様の美しさに惹かれたこともある。

 でも今は、彼女の美しさに惹かれている。

「やめてください」

 震える声が僕の口から零れる。眼を開けると、ルヴィお嬢様の赤い眼が僕を睨んでいた。僕を睨んで、その両手を僕の手に伸ばしていた。

 こきりと、僕の喉がなった。ひゅっと細い息が唇からあがって、だんだんと息苦しくなってくる。

「あの醜い小鳥ちゃんとの逢瀬は楽しかった?明日には、一緒に食べてあげるけど」

 彼女の言葉に僕は眼を見開いていた。僕の視界に嗤う瑠ルヴィお嬢様の顔がひろがり、僕は彼女の首に手をかけていた。僕は自分が苦しいのも忘れて、無我夢中で彼女の首を締める。

 彼女の顔は苦悶に歪み、低いうめき声を彼女は発する。僕の首からするりと彼女の両手が離れた。

 僕は彼女を押し倒し、なおもその首を締め上げていく。くきりと首がなって、彼女の両目が大きく見開かれる。彼女の白目に赤い血管が浮かび上がって、彼女は僕をみたまま動かなくなった。

「ああ、殺してしまったのね」

 燐とした声が僕の耳に響き渡る。寝台の前に独りの少女が立っていた。灰色の長い髪に、ルヴィのように赤い眼。その容姿はまるで。

「ルヴィお嬢様さま?」

「それは、お姉さまの名前よ」

 僕の呟きにもう独りのお嬢様は微笑んで答えてみせた。



 そうして僕は、籠の中に囚われる。もう1人のお嬢様の手によって。

 羽のついた少女たちが鳥籠の前から立ち退いて、灰色の髪を持つルヴィお嬢様が僕の前に現れる。

「姉さまのお気に入りにしては、凡庸な顔立ちよね」

 彼女はこくりと首を傾げて、赤い眼に微笑みを浮かべてみせた。

 彼女の名前はノエル。ルヴィお嬢様の双子の妹にして、僕の愛した灰色の小鳥。

「でも、あなたが悪いのよ。私のお姉さまを盗ったりするから……。姉さまも、私よりあなたみたいな醜い鳥がいいだなんていいだすんですもの……。だから、私はあなたたちにお返しをしてあげた……」

 ふっと彼女は紅い眼を曇らせて、首から下げたペンダントを見つめた。硝子のペンダントの中には、黄色い鳥の羽が閉じ込められている。

 それは、ルヴィお嬢様の遺髪だと彼女は言った。もともと彼女たちは魔女によって姿を変えられた双子の鳥だったという。お互いに深く愛し合っていた姉妹は自分たちを酷使する魔女を殺し、魔女の財産を乗っ取った。

「お姉さまは私を裏切ったわ。だから、殺してこうやってずっと一緒にいるの」

 そっとペンダントを愛おしげに握りしめ、彼女は頬ずりをする。自分よりも強い魔力を持っていた妹を恐れ、ルヴィお嬢様は彼女を醜い灰色の鳥に変えたのだ。

 彼女が元の姿に戻る方法はただ1つ。それは誰かに心の底から愛されること。

 そして僕は、彼女を愛した。彼女は僕のそんな思いを利用した。

「あなたも、お姉さまのところにいきたい?」

 そっと彼女が僕を見つめてくる。縋るような彼女の眼差しを見て、僕は嗤っていた。

「とんでもない」

「バカな人……」

「僕は、鳥だけどね」

 色のない彼女の言葉に、僕は苦笑してみせる。そう、僕は彼女の慈悲を断って、ここで飼われることを選んだ。

 僕が愛したのは、ルヴィお嬢様じゃなくて彼女だから。たとえその愛が偽りだあったとしても、僕は彼女という名の鳥籠に囚われ続けよう。

 だって、僕の言葉を聞いた彼女は今にも泣きそうな顔をしているから。彼女の心は罪悪感でいっぱいだ。

 そっと僕は柵から手を伸ばし、彼女の両頬に触れる。彼女は何も言わず僕の口づけを受け入れた。

 これが、僕のお返し。罪悪感でいっぱいの彼女は、僕を手放すことができないだろう。

 一生。永遠に。

 これからも、僕は囚われ続ける。彼女の心を捕らえ続けるために。

 それが僕が彼女にする復讐だ。










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