自分に課金する価値がありますか?

ちびまるフォイ

人の価値はプライスレス

自分に課金をしてみた。


「お並びのお客様、こちらのレジへどうぞ」


朝のコンビニはひどく混雑する。

長蛇の列の最後尾に並んでいると、店員と目が合う。


「あ、自分課金の方。こちらへどうぞ」


「え? いいんですか? 前にまだ並んでますけど」

「課金している人が優先ですから」


自分課金の効果がこんなにも早く出るとは思わなかった。

電車でも「課金者席」というのがあり、いつでも座ることができる。


「どうですかこのテレビ。もちろん、課金者割引が適用です!」


「本当ですか! 買います! すぐ買います!」


「……あれ? でもお客様、課金は課金でも、VIP2ですね」


「びっぷ?」


「ごめんなさい。VIP2レベルのクソザコナメクジごときに

 課金者割引を適用できるなんておこがましいにもほどがありますね。

 もっと課金してVIPを上げてからお越しくださいませ」


「いや言い方!!」


自分への課金額によってランクが上がるらしい。

そこで試しに自分課金額を上げるとVIPも上がった。


「ああ、VIP5のお客様。ようこそいらっしゃいました。

 先程は大変失礼なことを申し上げてすみません。

 どうやらキツネかなにかの霊に憑依されていたようです」


「えと、課金割引は適用できますか?」


「もちろんでございます!

 それどころか、自宅配送サービスから設置サービスに配線サービス。

 さらには肩もみと靴磨きと靴なめまでつけさせていただきます!」


「靴なめはいらないです」


VIPを上げるとできることが更に増えた。

どんなに座席がいっぱいな映画館でもVIPが高ければどけさせることができる。


「ほら、無課金は立って見な」

「ぐぬぬ」


「VIPってぇ、すごくお金もちなんでしょぉ~~。

 私、そういう人って好き~~♪」


「当然だよベイベー」


VIPというだけで女は寄ってくるし、

逆恨みした無課金どもから報復されないようボディーガードサービスもある。


一番便利だったのはVIP10で手に入れたファスト移動の能力。


「おはようございまーーす」


「お前、どこから入ってきた?」


「家から瞬間移動してきました。VIP10なので」


「さすがだ……。でも会社で、パジャマはよくないと思うぞ……」

「あ」


オフィスは笑いで包まれた。自分課金してから本当に住みやすくなった。

お昼休みに瞬間移動で観光名所にいき、その土地の名産を食べる。

そこに無課金の子供がじっと俺を見ていた。


「無課金か。お前もいろいろ大変だな?

 親に自分課金してもらえないなんて、期待されてないのと一緒だ」


「むかきん?」

「まぁ、少しわけてやるよ」


俺はその子に課金を分けてあげた。

子供のVIPが「1」になった。


「VIP1ならそこそこ便利になるだろ。

 お前も特権階級の暮らしを味わうといい」


「?」

「っと、もうこんな時間か。ファスト移動!」


会社に戻って仕事をこなした。もちろんVIP10に残業の2文字はない。


1ヶ月が過ぎた頃、家に請求書が届いた。


「マイナス100万円!?」


請求書を読んでみると、VIPに上がるには自分課金が必要。

実はさらに維持費を払う必要があった。


すでに俺の口座からはお金がVIP10の維持費ぶん引かれて、

それでも払いきれなくなったマイナス100万円がのしかかる。


「VIPを解除するしか……いや、でも今さら解除したら

 会社のやつらに金がなくなったんだって見下されるに決まってる。

 それに来週にはモデルとの食事会もあるし……無課金に戻った俺に振り向くはずが……」


追い詰められた俺はパンストをかぶった。


「ファスト移動!! 銀行へ!!」


銀行にパンスト男がやってくると、銀行員は突然のことに言葉をなくした。


「オラァ!! ここにある金ぜんぶ入れろ!!」


無課金に戻るくらいなら、課金特権をフル活用して悪事をしてでも継続する。

確実に逃げ切る自信があるし無課金警察どもに負けるはずがない。


あれよあれよと楽して金を手に入れ借金を返済することができた。


「はぁ、危なかった。危うくVIPが戻るかと思ったぜ」


ニュースではパンスト強盗についてすでに報道されているが、

瞬間移動をフル活用した驚異的な犯行速度から特定は難しいとのこと。


「ククク。この調子で、これから毎日強盗しようじゃないか」


次の計画を学習帳に手書きしていると、家のインターホンが鳴った。


「はい?」


「警察だ。お前が銀行強盗だな。礼状も出ている、同行してもらうぞ」


警察の優秀さを思い知った。

ニュースの報道が俺を油断させるものだったなんて考えなかった。


「ふぁ、ファスト移動!!」


なだれ込む警察官の手が届くよりも早く瞬間移動で人里離れた山に移動した。


「あ、危なかった……。もう特定されているなんて。

 これじゃ家に帰ることもできないだろうな」


しばらく逃げていれば警察も人員を割けなくなって諦めるだろう。

それまではどこかの別荘で静かに暮らすのが正解だ。


「ファスト移動! 別荘!」


高く掲げたポーズのまま何も起きなかった。


「……あれ? ファスト移動! ファスト移動!」


何度唱えてもなにも起きない。

はたから見ればなにか怪しい儀式にしか見えない。


「うそだろ……VIPがマイナスになってる!!」


自分のVIPを確かめてみると、無課金のVIP0になるどころから

VIP-10という見たこと無い数字になっていた。


警察により俺の自分課金が封殺されてしまったんだ。


「これじゃファスト移動もできないじゃないか」


あたりは人里離れた山。なんでこんなところに来てしまったんだ。

半泣きでぼろぼろになりながら下山すると、やっと大きな道路に出た。


通りがかる車の前に仁王立ちして必死に止める。


「おーーい! お願いだ! 近くの街まで乗せてってくれ!」


運転手は俺のVIPを確認するとツバを吐き捨てた。


「マイナスVIPじゃねぇかよ。近寄んな、ゴミが」


車はそのまま通り過ぎてしまう。

その後も何度も車を止めたが言葉こそ違えど反応は同じだった。


「マイナスVIP!? 汚い!! こっち来ないでよ!」

「マイナスVIPごときが声かけんなよ。何様だ」

「マイナスVIPのくせに。生きてるのが恥ずかしくないのか?」


「ひ、ひどい……」


しかたないので歩いて街まで向かった。

街についてもマイナスVIPが宿泊施設に入ることもできず、

道の中央を歩くことも、人に声をかけることもできなかった。


「なんでこんな目に……人は中身が大事なんじゃないのか!?」


「うるせぇぞマイナスVIP!!」


無課金に足蹴にされてしまった。

マイナスVIPへのあらゆる攻撃は許されている。むしろ奨励すらされている。


コンビニのゴミ箱を野良猫と一緒に漁り必死に食いつなぐ生活。

人の目に触れられれば害獣扱いされる。


「もういやだ……こんな生活……」


こんなことなら無課金のほうがずっと良かった。

無理に背伸びして自分課金する必要なんてなかった。


無課金でも真面目に生きていれば評価される。

マイナスVIPではどう頑張っても認められるどころから蔑まれる。


もう死ぬしかないじゃないか……。



「……おじさん?」



ふと、顔を上げると子供が立っていた。


「俺に近寄らないほうがいいよ。俺はマイナスVIPだから」


「やっぱり。かきんのおじさんだ」


子供の顔をよくよく見て思い出した。

いつかVIPを分けた子供だった。


「おじさん、どうしたの?」


「なんだよ。前みたいに課金をねだりに来たのか?

 見ての通り、俺は一文無しのゴミクズマイナスVIPだよ。もう行ってくれ」


「びっぷって、これ?」


子供は前に与えたVIP課金を使わずに取ってあった。


「おじさんこまってるんでしょ? これつかえる?」


「ああ……あああ……」


これを使えばもとの地位に戻れる。

VIPさえ戻れば今の底辺生活からも脱出できる。

努力すれば認めてもらえるレベルに戻れるんだ。


この手を取れば。


「……だ、だめだ」

「え?」


「それは受け取れない」

「おじさんこまってるんでしょ?」


「ああ、困ってる。めちゃくちゃ君の課金分がほしいと思ってるよ」


「それじゃ……」


「でもダメなんだ! 俺は今マイナスVIPのカスだとしても!

 君のVIPを手に入れてしまったら、もっとクズになってしまう。

 その課金は君のものだ。俺のものじゃない」


「いいの?」


「いいさ。後でこのことを死ぬほど後悔するだろうけど、

 死ぬときにはきっとこのことを多少は誇れる気がする」


「よくわかんない」


子供は不思議そうに行ってしまった。

まもなく警察がやってきて俺を拘束した。


「よかったな」


「よかないですよ。逮捕されたのに、何がいいんですか」


警察は俺のVIP表示を指さした。


「お前、マイナスVIPじゃなくなってるぞ。

 VIP0の通常に戻ってるじゃないか。いったい何をしたんだ?」

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