ミステリーには基礎知識が必要

○ミステリーには基礎知識が必要


 最後にもう一つ大事な話をします。


 ミステリーを書こうとする人には、基礎知識が絶対に必要です。「本格推理小説」でも「ハードボイルド」でも、古今東西の名作、古典は一通り読んでいなければいけないし、本格推理にはトリックの知識、警察小説には警察の知識が不可欠です。例えば、アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』は、あまりにも有名だし映画化もされているのでネタバレを承知で言ってしまいますが、容疑者全員が犯人だというトリックです。もしも皆さんがこれを知らずに、まったく偶然同じトリックの小説を書いてしまったとしたら、「読んでないからパクリにならないもんね」という理屈は通用しません。読んでいないという時点で、もうアウトです。最低でも一〇〇〇冊ぐらいは読んでからでないと、ミステリーの賞に応募することはできない。ミステリーは、基礎知識のない人間が書いてはいけないジャンルだということを知っておいてください。皆さん、ちゃんと本を読んでいますか? 月に一〇冊以下という人いる? いるか。困ったなあ。


 作家になるということは、コップの水なんです。コップの中に読書量がどんどんまっていって、最後にあふれ出す。それが書きたいという情熱になるわけで、コップ半分くらいで書き出しても、空いた部分は埋められません。いつか必ず無理が来る。もちろん、コップの大きさは人それぞれですし、たくさん本を読んでいれば必ずいいものが書けるというわけではありませんが、ストーリーの引き出し、人物造形の引き出し、サプライズの引き出し、そういうものはたくさん本を読んだほうが身につきます。


 私がいちばん本を読んだのは高校二年のときですが、そのときは一年で一〇〇〇冊読みました。毎日三冊ずつ、図書館の棚の端から全部読んでいった。作家になるまでも毎年五〇〇から一〇〇〇冊、スタンダードなミステリーはもちろん、新しい作家のものや優れたノンフィクションも読みました。いろんな作家のいろんな本を読むことによって、経験したことのないことに対する知識や、小説の勘どころみたいなものが身についていくし、それが、次の作品の材料として生きてくる日がきっと来ると思います。皆さん、たくさん本を読んで作家になってください。

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