人物の過去や背景を退屈にしない描き方

○人物の過去や背景を退屈にしない描き方


《大沢》 ほかに質問はありますか。


《ワニ》 キャラクターに深みを持たせるために、その人物の過去や背景を書こうとすると、どうしても説明っぽい退屈な描写になってしまうのですが……。


《大沢》 一番簡単なのは、その人物に過去を語らせないことです。では、「地の文」で書けばいいかというと、今度は説明っぽくなってしまう。回想シーンというのは、誰が書いても面白くならないことが多いんです。なぜなら「地の文」には作者が見えてしまうから。いきなり場面がストップモーションになって、作者が出てきて、「実は彼にはこういう過去があって、今はそれがトラウマとなって残っているのである」なんて説明しだしたらやっぱりつまらないでしょう。それが長くなればなるほど、読者は「もういいよ、わかった、わかった」という空気になる。ワニさんはそれが怖いんだと思います。ではどうするか。回想シーンを「会話」にもっていけばいいんです。


「地の文」で延々と説明するのではなく、「会話」によって主人公の過去を明らかにしていくには、二通りの方法があります。


 一つは、うまく合いの手を入れてくれる相手を作ること。主人公の恋人でもいいし、ふと知り合った友人でも構いません。「あなたには何か心に引っかかっていることがあるんじゃない?」と聞かれて、主人公が「実は……」と語り出す。もちろんそこで本人がベラベラとしゃべり続けたら「地の文」の説明と同じになってしまいますから、いいところで合いの手を入れつつ、二人のキャラクターもうまく描写しながら会話を進めていく。


 もう一つは、ある程度会話を続けてから地の文に入り、地の文で少し補足説明して、また会話に戻るという方法。つまり、最初の会話が回想シーンに入るイントロダクションで、地の文がメインの話ということになります。それも長くなると退屈なので、しばらくしたらまた合いの手を入れて会話に戻す。非常にテクニカルな方法ですが、こうすれば回想シーンもダラダラせずに新鮮に読ませることができます。


『新宿鮫』の例ばかり出しますが、主人公の鮫島はキャリアの警察官なのに、ドロップアウトして今は新宿署の刑事になっています。その理由をベッドの中で恋人の晶に説明する場面が、回想に入るきっかけのシーンになります。鮫島の首の後ろの傷跡に気がついた晶が、〈「首の傷、何でやられたの?」〉と尋ねると、鮫島は日本刀でやられたと答える。ヤクザにやられたのかと重ねて聞く晶に、鮫島は〈「警官だ」〉と答えます。ここで読者は「えっ、警官が警官に斬られたってどういうこと?」と思う。そこから場面が切り替わって回想シーンに入っていくわけです。この場合は回想だけでも一章分くらい長さのある物語なので、すぐ会話に戻るというわけにはいきませんが、要は回想シーンに入るきっかけのボタンが重要だということ。「言いたくはないけど、その一言を聞いた以上、こっちも話さないわけにはいかないな」、そういう入り口を作ってあげることが大切です。



○言葉遣いでキャラクターの個性を表現する


 続いてキャラクターの言葉遣いの話をします。新人賞の作品を読んでいると、カギ括弧が続くシーンで誰のセリフか区別がつかなくなることがよくあるんですね。キャラクターと会話は不可分なものなのです。そのキャラクターがどんな言葉を遣い、どういう話し方をするのかは相手によっても変わるだろうし、状況や感情によっても変化します。上司に対する話し方と友達との会話では、同じ人物でも言葉が違うでしょう。例えば、同僚や後輩にはぞんざいな口を利いているのに、上司に対しては卑屈なまでにへりくだったしゃべり方をする人がいる、その会話だけでも一つのキャラクターが見えてきませんか。「会話」については次回の講義でやるつもりなので、あまり多くは言いませんが、「おれ」や「あたし」という一人称や、会話の言葉遣いによって、キャラクターの性格や個性を表現することができるということをぜひ勉強してください。



○地の文で性格を描写しない


「彼は卑屈な人間だ」と地の文で書くよりも、卑屈なしゃべり方を会話で見せてあげるほうが、読者にはうまく伝わります。新人の作品でよく見られるのは、人間の性格描写を地の文で書いてしまうこと。「彼は正直な男だ」と書くのではなくて、ある出来事に対する行動や誰かとの会話を通して、読者に「この男は正直な人だなあ」と思わせなければなりません。地の文で「この人はこういう人だ」と書けば、物語を先に進めやすくはなりますが、それはただ作者が楽をしただけで、小説的には放棄に近い。くり返しになりますが、人物描写で楽をしてはいけません。ある人物を嫌な人間に見せたいのなら、その人が嫌な人間に見えるようなシーンを作るとか、人との会話を通して嫌な部分が浮き上がってくるようなシーンを工夫してください。


 主人公と作者はイコールではないということは先ほども言いました。主人公に限らず、すべての登場人物と作者は同じではないわけですから、それぞれのキャラクターによって、世界の見え方は違ってきます。二十代の女性が、五十代の男性を主人公にした小説を書く場合、作者と主人公のものの見え方はまったく違うはずです。作者から見たら四十代の男性はおっさんかもしれないけれど、主人公からすればまだまだ若いということだってある。この「作者の目と登場人物の目」の違いを意識していないと、書いているうちに混乱が生じてしまいます。年齢も性別も違うキャラクターたちなのにものの見え方が作者と一緒ということは、登場人物の個性がみんな一緒ということになりますから、非常につまらない物語になってしまう。世の中にはいろんな人がいて、ものの見方もさまざまです。一〇万円の腕時計を見て高価に思う人もいれば、安っぽい時計にしか見えない人もいます。それぞれのキャラクターの目から見たら世界はどう見えるのか、人によって見える世界が違うのだということを意識して書いてください。



○自分の劇団を持とう


 小説のキャラクターを造形する方法として、皆さんには自分の劇団を持ってもらおうと思います。役者の年齢や性別を決める必要はありません。七、八通りの個性のキャラクターをそれぞれの役者に与えるだけです。あとは、必要に応じて男にしたり、女にしたり、若者にしたり、年寄りにしたりすればいい。なぜなら、この劇団の役者はスーパー名優ぞろいなので、男でも女でも、どんな年齢でも演じることができるからです。決まっているのはキャラクターだけ、ものの考え方、って立つところ、思想、個性、そういうものだけがはっきりと決まっているという役者を皆さんは持っているわけです。あとは、物語における役柄、登場シーンに合わせて、年齢、性別、職業を与えてあげればいい。こういうふうに言うと、年齢、性別、職業で人物を描写することがいかにつまらないことかがわかるでしょう。そんなことはキャラクターの何の説明にもならないということです。


 ただし、職業については、キャラクター造形において大事な点があるので注意してください。それは「特技」ということです。皆さんの中にはお仕事をしている方も多いと思いますが、「この仕事をしているからこそできる」ということが何かあると思います。コンピュータに精通しているとか、設計図が読めるとか、法律に明るいとか、それぞれに職業にまつわる特技がある。これを小説に生かさない手はありません。職業と特技というのはかなり密接につながってきますから、キャラクター作りのいい材料になる。過去の職業や学生時代の部活動の経験でも構いません。


 この特技をどこでどう生かすかということも大事です。先ほど、「十発殴られても殴り返さない男が、実は元ボクサー」という設定を出しましたが、この男が冒頭シーンからいきなりボコボコ相手を殴ったのでは設定は生きてきません。その特技をどこで生かすのか。引っ張って引っ張って、最後の最後にその場面を作ってやれば、読者もカタルシスを感じてくれるはずです。


「何の役にも立たないと思っていた特技が思わぬところで活きてくる」というのは、乱歩賞の本命作品などでよく使われるパターンですが、これもうまくいけば面白い物語になります。例えば、今このビルに武装したテロリストがなだれ込んできて、皆さんを人質に取ったとします。で、ここに一丁の銃がある。誰がこの銃でテロリストと戦うか。元警官や元自衛隊員がいれば話は簡単ですが、そんな人もいない。でも聞いてみると、「実はアーチェリーで国体に出たことがあります」という女性と、「ピストルを撃ったことはないけど、銃の構造には詳しいよ」という男性がいた。この場合、銃に詳しい男よりも、アーチェリーの元国体選手に撃ち方を教えてあげたほうが、案外狙って当てることができるかもしれません。つまり、特技を生かす場面をうまく作ってやることによって、キャラクターが生き生きと動き出して、読者に強い印象を残すことができるということです。

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