幻のパーツ

 今日も倉庫の天井をひたすら見上げる。


「おい、起きろよ。来てやったぜ」


 視界にヌッと濱崎が入ってきた。

「やってるだろうと思って来てやったぞ」

「聞いてるわよ。……邪魔しにきたわけじゃなさそうね」

 寝転がったまま吐き捨てるように答える。

 それに大した反応をするでもなく「まあな」と濱崎はいつもと少し違う、大人しい笑いを見せた。

「なに?」

「そんな怖い顔で見るなよ。……いや、いい。そう言えば渡すもんがあってな」

 そういうとバッグから大事そうに包まれた白い箱を胸の上に置いてきた。

「ある人から頼まれてたもんだ。誰かわかるか?」

 箱の大きさ、重さ。それなら所々付いてる黒いオイル汚れ。何かは分かったが何も言わずに、口を閉ざした。

「まあ分かってるか。秋穂ちゃんからだ、久しぶりに連絡が来てな。渡してくれって。まあ俺は何か知らねえけどな」

 わざとらしくはぐらかし、踵を返すとガレージの外へ向かう。外に出る寸前で立ち止まり、こっちを見ずに小さく呟くのが聞こえた。

「大人になるのが不安なのはお前だけじゃない。みんな何かに不安なのさ。だから何かを否定してみたり、何かに縋ってみたりするんじゃねーかな。、だから心配すんな」

 それから2サイクルオイルの白煙と、音を撒き散らし、濱崎は夏の日差しに消えていった。

 体を起こし、残していった箱を開ける。

 ハイコンプピストン。

 既製品に彼女がさらに手を加えた物だ。一年前のテストで使う事のなかった幻のパーツ。まさか濱崎が持ってるなんて。他に二つ、ワンオフで仕上げたパーツがあった筈だ。

 その直後、浜崎と入れ替わるようにスクーターが止まった。カメコだ。


「その様子だと何か分かってるみたいね」


 いつも穏やかなカメコがいつになく真剣な顔だ。

「秋穂ちゃんから。あなたにって。私はエンジンなんて詳しくないから分からないけど、きっと大切なものだと思うから」

 カメコはウエスに包まれたカムを手渡してきた。これも彼女の手製だ。高さを微調整し、加工品だと思えないほどに磨き上げられている。

「……秋穂、なんて言ってたの」

 ぼそりと聞くといつもの柔らかい笑顔になって優しくこう答えた。

「あなたと秋穂の仲に私の口から言うことないわ。でも多分あなたと同じ気持ちよ」

 それからヘルメットを被るとガレージを後にしようとした。その時一つの疑問が浮かんだ。

「ねえ待って」

「どうしたの?」

「濱崎とカメコは今年までこのカブのこと知らなかったのに、そのパーツを持ってるの?」

 カメコは一瞬目を丸くして、また笑った。

「本当に偶然。秋穂から預かってただけよ。多分秋穂も私たちが参加するとは考えてなかった思うわ」

「……そっか。ありがとう」

「ふふっ、それじゃ」

 私は運命なんて信じてない。でも、もしそんなものがあって、それを神様みたいのが決めてるとしたらかなり悪戯好きだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最速の幼獣 @siosio2002

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ