take #2




 白亜紀の恐竜が海から上陸してそのまま化石になったような、巨大なクレーンが、夕暮れの空に屹立している。

 凪の海面を見渡す、貿易港のコンテナ埠頭。


 無段階層のオレンジを背景に、とび色の雲が東にむかってゆっくりと流れてゆく。

 気温と気圧が急激に下がってゆく、六月の夕暮れ。

 全部で六基のクレーンを擁する広大な埠頭に、一台の深紅のオープントップのコンヴァーティブルが入ってきた。

 スティアリングを握る彼女の髪が、夕凪になびいている。


 一基のクレーンの脇に車を寄せた彼女は、ドアを開けて車を降りた。

 タイトな辛口のスーツは、そのスレンダーな身体の線を美しく見せていた。

 クラッチバッグを小脇に抱えた彼女は、なんのためらいもなくその恐竜の化石のようなクレーンの作業用階段を上がっていった。


 車を見下ろす位置に腰を下ろす。タイトスカートの生地がオイルや泥に汚れるのも構わずに。そして彼女は顎に手をやり、ぼんやりとその車を見つめた。


 約束の時間まで、あと十分。


 やってきた彼は、彼女の車を見つけるだろう。

 そして、ダッシュボードの上に置かれた封筒を手に取るだろう。

 郵便物はすべて几帳面にスクラップしておくために、いつものように慎重に封を切るだろう。

 そして、中に書かれた彼女のつまらない言い訳を何度も何度も読み返すだろう。

 どうせその言葉達さえも、彼のスクラップブックの片隅にクリップされてしまうのだ。


 気に入らない。

 なにひとつ、気に入らなかった。


 まるで干涸らびたマーマレイド・ジャムのように、やるせない気持ち。

 彼女はバッグから一挺の自動拳銃オートマティックを取り出した。

 マガジン・カートリッヂのロックを外して中身を引き出し、装弾を確認すると、勢いよくそれを元に戻した。安全装置を解除して、遊底をスライドさせる。初弾が薬室チャンバーの中に装填された。片腕を微かに曲げて、照星フロントサイトをコンヴァーティブルのボンネットに合わせた。


 引き金を絞る。


 と、撃鉄が振り下ろされ、撃針が瞬間的に前方に移動する。同時に薬室内に装填された弾丸の雷管を鋭く押し付ける。弾丸の中に込められた炸薬が爆発し、その威力は薬室内に充満するものの、前方にしか逃げ場がない構造上、弾丸を前に押し出す。

 同時に遊底がスライドし、初弾の薬矯が紫煙とともにイジェクトされる。

 弾丸は銃口のなかで回転しながら射出され、360km/secの初速でコンヴァーティブルのボンネットに向かった。


 ボンネットの薄い鉄板はまるで紙のように弾丸を貫通させた。弾丸の勢いはボンネットのなかのエアクリーナーを突き破り、エンジンのシリンダーヘッド、燃焼室を通過して、シャーシーを引き裂き、その下のアスファルトへめり込んだ。弾丸の通過したあとには、その衝撃波が貫通箇所の周囲を襲い、メカニックの構造をずたずたに破壊した。


 彼女は初弾を放つと同時に、第二弾を発射した。

 今度もボンネットの中間を射抜いた弾丸は、なかの構造物をぐちゃぐちゃに破壊しながら、地面にめり込んだ。

 三弾目、四弾目と彼女は次々に車へ弾丸を撃ち込んでいった。耳を聾する轟音と、激しい振動。そして鼻から脳を突き刺すような火薬のにおいに、やるせない気持ちはかき消されてゆく。全段を撃ち尽くすと、車からは湯気が立ちのぼり、だだっ広い駐車場は水を打ったように静かになった。


 これでいいのだ、と彼女は思った。


 彼女はいちど深呼吸すると、まだ銃身の熱い拳銃を、海へと放り投げた。

 クレーンの階段を下りて、もはや鉄のかたまりになった車に一瞥を与えると、彼女は下唇を噛んで、歩き始める。

 風は傷ついた彼女の心を慰めるように、優しく頬にふれてゆく。


 やがて彼女が歩き去った埠頭には、蜂の巣にされたコンヴァーティブルだけが残った。

 そこへ再び夕凪が吹いて、車から立ちのぼる湯気をくゆらせた。

 彼女はうつろなマーマレイド、雨に向かって歩いてゆく。

 彼女はうつろなマーマレイド、雨に向かって歩いてく…。







(『彼女はうつろな…』 作中詩は佐野元春「New Age」より引用)







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彼女はうつろなマーマレイド(雨に向かって歩いてゆく) フカイ @fukai

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