第12話 開幕

 降り注ぐ太陽を反射して街が輝く。歩道には色が溢れていた。

 男女が愛を語り合い、お気に入りのファッションに身を包む。路上でのキスはまだ流石に抵抗はあるらしいが、仲睦まじく歩く姿が微笑ましい。

 シノブはドクターの白衣を纏い、電器屋の前に佇んでいた。


「……突如、廃案となりました高度性風俗規制法ですが、社会生活にはさほど混乱は生じていないようです。むしろ、過去二十年に亘る貿易摩擦が緩和され、株価はここ十日間上昇を続けております。廃案のきっかけとなった『集団ヒステリー』の続報ですが、専門家の意見では、性衝動を抑圧し続けた当然の結果とも言え、これからは中庸の精神を旨とする立法を期待するということです。続報をお待ち下さい」


 無加工の音声で男性アナウンサーがニュースを読む。落ち着きのある魅力的なアルトだった。番組のセットも非常に面白みがある。規制緩和が如実に現れていた。

 振り返る街並みもまた綺麗だった。生命力が躍動している。

 もはや下を向いている者などいない。

 シノブは明るいクリーム色に塗り替えられた壁にもたれかかって、それらをじっと眺めていた。慈悲深い、儚げな微笑。重たい体、ほんの少しだけ口が動いた。

「……ドクター、これでしょ? ホントにあなたが見たかったのは……」

 壁に沿ってズルズルと体が崩れ落ちる。

「みんなしあわせそうだよ? よかったね、ドク、ター……」

 視界が魚眼レンズのように歪んでいった。

 あの日のように猫が自分の顔を覗いているのに気付く。

 ああ、最後だ……。

 ゆっくりとまぶたが閉じてゆく。シノブの体は地に伏した。

 するとどうだろう。道行く人々が足を止め、彼女の身を案じ叫んでいる。つい数日前まではあり得なかった光景だ。

 誰かが、シノブの体を抱きかかえた。

 見知らぬ男性の腕の中。

 消えかかる意識をさ迷いながら、シノブは霧の中に佇む白衣の背中を追いかけた。


【END】

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ウェポノイド・エロティカ 真野てん @heberex

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