ご飯と、お味噌汁と、お漬物
フカイ
掌編(読み切り)
新しい街は、広い広い関東平野のなかにある。
家並みから朝日が昇り、地平線のビルに夕陽が沈む街。憧れ続けた都会。渋谷とか原宿とかに、もう夏休みじゃなくても行けるんだ。
引っ越したばかりの1LDKのお部屋には、ずっと夢見てた出窓がついてた。だからこの部屋に決めたのだけど。2階建ての「コーポしらとり」がこれからあたしが暮らすお家になった。
大学までは、バスで15分。バス網がそんなになかったふるさとでの高校時代は、自転車で30分もかかっていたことに比べれば、とても近いと思う。
“ふるさと”。
そう。
そう呼べるようになったんだなー、って思う。
なんだか、国語の教科書で読んだ、昭和のおじいさんの詩みたいだ。ふるさとは、遠きにありて思うもの、って奴。なんか意味もなく照れたりして。ひとりの部屋で、引越しのダンボールに囲まれたままで、あたしは苦笑してる。
両親と弟に手伝ってもらって、あの町から引っ越してきた。
まだ山には残雪の見えたあたしのふるさと。
ここでは山なんてちっとも見えないんだ。それが何より違和感だった。空もなんだか狭い気がするし。田んぼのあぜ道とか、小川のせせらぎとか。無いものを数えたら指の数が足りない。でも、それよりもあたしは夢の一人暮らしを手に入れたんだって思う。誰に気兼ねすることなく生活できる暮らし。なんて素敵なんだろう!
けどテレビで見るような自堕落な大学生にはなりたくないから、自活一日目の今朝、ちゃんとご飯を炊いて、味噌汁だって作ったぞ。おかずは昨日ママがタッパーに入れて渡してくれたコロッケにしちゃったけど。
家にいた頃は弟に手伝わせてた家具の配置やテレビの接続だって、もう自分でやるんだ。説明書とかちゃんと読めば、あたしだってできるはず。でもテレビはもうあんまり見ないようにしなくちゃ。おしゃれな英語交じりのFMラジオをかけて、カッコいい洋楽のヒット曲を聴きながら今日は一日、引っ越したお部屋の片づけをした。
お昼には近くを散歩しながら、美味しそうなカフェランチを食べた。午後はお洗濯をして、狭いベランダに初めてシャツを干した。
夕方、出窓の向うで日暮れを眺めた。西に向いた出窓からは、低いビルに沈んでゆく夕陽が良く見えた。きっとふるさとのあの町でも、同じような日暮れが見えるだろうなー、って思った。
―――スマホに手が伸びた。
実は朝から何度も、スマホを手にとっては画面を起こしているのだけど。そんなことしなくたって、バイブが0.1秒でも震えれば、LINEやメールの着信がきたことなんかわかるのに。馬鹿ね。
みんな、忙しいんだな、と思う。
あの街で、明日から新社会人になる子。
あたしと同じように、来週から県立大の学生になる子。
それから、実家で浪人生になった子。
そしてあの街を離れた子。
―――みんな、ひとりぼっちになった。
期待と不安にさいなまれて。
でも、卒業のあの日、笑って手をふって別れて。
そして、彼にもお別れした。もう、おしまいだから。一緒にいられないから。あたしはあたしの夢のために、東京でがんばるから。そんな風に格好良く、偉そうなことを言ってしまったから。
お夕飯は、食欲無かった。
でも無理して食べた。ご飯と、お味噌汁と、お漬物。なんだか所帯じみた中年のおばさんみたい。ひとりで笑って。まだ慣れない、電気の追い炊き式のお風呂を沸かした。
出窓の外は、夜が降りていた。
夕べみたいに、淋しくて泣くのはよそうと思った。
きっと、今だけだから。
すぐに慣れるから。
さみしいけど。
もう、振り返らないでがんばらなきゃ。
お願いだから、誰か、電話してきて。。。
ご飯と、お味噌汁と、お漬物 フカイ @fukai
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