075▽下級眷属の影身



 少し、時間をさかのぼる。


 体育館に突入する前。

 本校舎2階の放送室前で、声を潜めた作戦会議が行われていた。


「── 問題は、『優先順位』だ」


 鉄鎖の魔術師・アヤトが告げる。


「優先順位って……助ける人の?」


 そう問い返したのは、赤髪の異能者少女・マコトだ。

 蒼衣の魔術師は、首を横に振って、話を続ける。


「いや、そうじゃねえ。

 お互いの戦いの目的があり、その優先順位だ。

 今回の戦いは、敵側むこう味方こっちも『目的をかなえる手段』というだけだ」


「……戦いって、大体はなんじゃないのか?

 普通、ゆずれない理由や目的があって、戦うもんだろ」


 マコトは眉を寄せて、小さく首を傾げる。

 すると、アヤトは苦笑いを噛み殺すような、小さな息を吐いた。


「……まあ、『普通の連中は』、な。

 異能者の戦いに、理由や目的みたいななんかねえよ。

 はらの底がげつくような、じっとしてられない衝動に突き動かされて暴れ回るだけだ。

 だから俺らは、人外バケモンだって言われるんだ」


「………………」


 マコトは、アヤトの極言きょくげんに眉をひそめる。

 だが、反論はしなかった。


「── さて。

 今の時点で、敵の優先順位は、こうだ」


 アヤトが引っ張り出したのは、半壊した放送室の中にあったホワイトボード。

 それに黒色マーカーで以下のように書き記した。


●敵のユーセン順位

 1.利益

 2.敵(オレたち)ゲキタイ

 3.人質


「こうやって、優先順位の表の中に『人質』が入っている内は、救出はまずムリだ。

 人質の見張りなんかも厳重だろう。

 そもそも、救助側こっちに奪い返されるとか面子メンツまる潰れだから、そのくらいなら利益も度外視どがいしで殺すだろうな」


「そんな……」


 少女たちの1人・大城おおじょう 亜耶音あやねが、残酷な宣告に息を呑んだ。


 沈みかけた空気を変えるように、Tシャツ姿の青年が片手を上げる。


「ところで、優先順位1番の『利益』って何ッスか?」


「あ~…… ──」


 用務員・仁太の質問に、アヤトは少し言い淀んだ。

 そして、少し周囲を見渡し、どこか誤魔化すように答えた。


「── まあ……『何か』が欲しいんだよ。

 金銭カネか、手柄か、他の『何か』なのかわからんが」


 そう言いながらも、蒼衣の魔術師には一応の目星がついていた。

 だが、いたいけな少女たちの前で説明するのは躊躇ためらわれたのか、言葉をにごしただけに終わる。


 ── この場では『敵が海外の吸血鬼へを売りさばく目的で事件を起こし、のためだけに人質をかしている』という、そんなショッキングな真相は伏せられた。


「ともかく、1番こそが敵の目的。

 優先順位の2番、3番は、目的達成そのための手段でしかない。

 敵からすれば、人質の命そのものはどうでも良い程度だ」


「……じゃあ、どうするんだ?」


 マコトは、友人知人の命を『どうでも良い』と言われて、気分を害したのか、やや険のある声。

 アヤトは、それに構わずに、再び黒マーカーのキャップを外す。


「簡単だ、1番をり上げればいい」


り上げる?」


「ああ、アイツらは、吸血鬼になりたてで浮かれている。

 だから、重要な物を忘れている。

 自分自身の命だ」


「それ、忘れるか、普通……」


 マコトは、呆れかえった声を漏らす。


「人間は、な。

 吸血鬼は、滅多な事じゃ死なん。

 だから、簡単に頭からすっぽ抜ける。

 『平和ボケ』ならぬ『不死身ボケ』だな。

 ソイツを思い出させると、こう順位が繰り上がる」


 アヤトは、ホワイトボードの記述を訂正し始めた。


●敵のユーセン順位

 1.自分の命

 2.利益

 3.敵(オレたち)ゲキタイ

 ×.人質


 仁太が、書き直されたホワイトボードを見て顔をしかめた。


「人質が、3番から×印ペケに変わったッスね……」


「自分の命と利益が、天秤はかりにかかればな。

 不死身だ無敵だ、って油断してた分、逆境になれば焦ってイッパイイッパイだ。

 そもそも人質の無事なんてどうでも良い連中だから、簡単に頭からすっぽ抜ける。

 そして、優先順位からも抜け落ちる」


 そんなアヤトの言葉に、マコトは色めきだつ。


「救出のチャンスって事か?」


 アヤトは、首を横に振って否定し、落ち着けとばかりに手仕草ジェスチャー


「いや、ちょっかい出したら逆効果だな。

 ── 『逃げるための時間稼ぎだっ』とか言って、人質が盾にされたり、ケガさせられるぞ」


「じゃあ、どうしたら……?」


「そのまま忘れてもらうのが最高だが。

 さすがに敵も、そこまでバカじゃねえだろうな」


 仁太が、腕を組んで首をかしげながら、問いかける。


「……さっき大将が言ってた『作戦を考えろ』ってのは。

 つまり、これの事ですか?」


「いや、そっちじゃねえ。

 人質を救出したいなら、敵を皆殺しにして、その後に救出すればいいだけだ。

 それについては、あまり頭を使わんでも出来る」


 アヤトは、朝飯前とばかり口調


「簡単に言うなよ……」


 マコトは、疑わしそうな目を向けた。

 アヤトは半笑いで、魔術の金属札幣プレート手慰てなぐさみにする。


「簡単というか、得意分野なんだよ。

 わるいが俺は、閉鎖空間へいさくうかんの戦闘にはちょっと自信がある。

 面倒なのは、その前段階、作戦の『イの1番』 ── 体育館に入る方法だけ。

 できるなら敵を油断させたままの状態でふところはいりこみたい。

 さらに、そのまま100秒くらい時間がかせげると、最高だ」


 アヤトが述べた条件に、仁太が頭を悩ませる。


「その方法を考えろって事ッスか」


「ああ、なんかいい手が ──」


「── それは後で考えるとして。

 アンタが敵をやっつけてる間、人質のみんなは大丈夫なのか?

 銃で撃たれたりとか、巻き込まれたりとかしない?」


 マコトが、男2人の会話に割って入り、人質の安全を心配する。


「まあ、大丈夫だろ。

 いざとなれば、俺が盾になればいいだけだ」


「いや、それ、逆にアンタが大丈夫?」


 赤髪の異能者少女は、ギョッと目をいた。

 青衣の魔術師は、楽しげに笑いながら答えた。


「マンガやドラマでよく見るパターンだよな

 ──『キサマが動いたら人質が死ぬぞ!』ってヤツ」


「いや、本当にそうなるんじゃない?」


「全然構わん。

 むしろ、好都合だ。

 人質を盾にされると面倒だが、『大事な人質をかばって死ね』なんて言われたら最高だなっ」


 アヤトは、クックック、と悪巧わるだくみするような笑みを浮かべる。

 マコトは、血の気の引いた顔で、困惑の声を漏らした。


「……ど、どうするんだよ、それ」


「どうもこうも。

 ただひたすら、耐えればいいだけだ」


 アヤトは、いかにも簡単だとうそぶき、こう続けた。


「こっちが無抵抗で耐えていれば、必ず敵は調子にノる。

 ── 『人質を助けなきゃ! 無事に救出するのは大変だ!』って顔して走り回ってれば、優位に立ったと思いこむ。

 劣勢ピンチから逆転したと思って、必ずのぼせ上がる。

 バカが得意満面で、大ぶりの全力攻撃を、必ずヤってくる。

 こっちがを待ち構えている、とは知らずにな」


 アヤトの、口角がゆっくりと持ち上がる。


 か弱い少女たちの前だからと、かぶっていた仮面に亀裂が入り、その素顔が垣間見かいまみえた。

 闇の世界を我が物顔で闊歩かっぽする夜の貴族・吸血鬼。その古参の戦闘血族ですら震え上がる、悪鬼修羅あっきしゅらの凶笑だった。


「えっと……大丈夫ッスか、本当に」


 仁太は、恐る恐るといった声をかける。

 吸血鬼が持つ野生動物並みの鋭利な感覚が、目の前の小柄な青年に不穏を察したのか、掌をじっとりと湿らせていた。


「大丈夫もクソも。

 俺の基本戦術は、全てそれだぞ。

 敵の攻撃を防ぎきり、その手を捕まえて、殴り返す

 全力攻撃を防ぎきって、隙だらけのアホ面に必殺の反撃カウンターだ」


 アヤトは、得意げに、戦術の欠片もないような事をのたまう。


「大将って……ウワサの10倍くらい力押しのうきんッスね」


 仁太は、天を仰ぐようにして、ため息のような声を漏らした。


「ハハッ、よく言われる。

 ── 『殴りかかる前にちょっとは頭脳アタマつかえ!』とかな。

 だが、不向きな事をガンバった所で、結果は知れてるからな

 そういう訳で、モチはモチ屋だ」


 青い魔術師は、校舎の薄闇で笑いながら、炎の色を宿した目で少女達を見渡す。


「さて、考えろ。

 オレの頭脳オツムじゃ思い浮かばないような、ステキな作戦を。

 回りくどくて、からで、こみいった手順をんで、だ。

 こっそり体育館の中に侵入して、敵に先制攻撃できて、上手く人質を傷つけない、そういう作戦をだなぁ」


 こうやって一行は、体育館突入前に、入念な救出作戦を打ち合わせた。





 ── 鉄鎖の魔術師が、人質の命など頓着しない性格にもかかわらず、人質を守り続けたのは、こういった経緯からだった。


 人質となった女子生徒の無事が、マコトたちへの協力報酬だったから。

 そして、人質を必死に守れば守るほど敵が増長して、討ち逃す可能性が減るから。


 つまり、最初から吸血鬼たちに勝機チャンスなど、何一つとしてなかった。

 『人質への攻撃ですきを誘う』といった、敵の起死回生の機転すら、想定の内。


 事の全てが、作戦通りだった。





▲ ▽ ▲ ▽



 時間を戻す。


 いつの間にか、体育館の外に退避していた、青い魔術師。

 それを見て、灰色制服の男は驚愕きょうがくの声を漏らした。


「── あ、ありえねえ……っ」


 青い魔術師は壁の大穴をくぐって、体育館へ戻ってくる。

 それは、立籠たてこもり犯リーダーの従える怪物が、最初に叩き破った大穴だ。


「いや別に、大した仕掛しかけでもないんだ。

 外から思いっ切り引っ張っただけで」


 魔術師がそう言うと、壁穴の外から数条の鎖が、ジャラジャラ…… と伸びてきて、すぐに引っ込む。

 まるで、イソギンチャクが魚に驚いて触手を引っ込めるような、素早い動きだ。


奇術てじなで大事なのは、『仕掛けタネ』より『タイミング』だからな」


 アヤトは、先ほどまでの苦境がウソのように、余裕のある振る舞いを見せる。


「……チィッ

 この……、くそぉ……っ」


 立籠たてこもり犯リーダーは、何か言おうとするが、言葉にならない。

 そして、背後に控える魔物を振り返ると、怒鳴りつけた。


「── おい、どうしたっ!

 なんで動かないっ!?」


 立籠たてこもり犯リーダーは、焦りの表情。

 吸血鬼の特殊能力の一つ、魔物の従僕・<影身シャドウ>こそは、彼の頼りの綱ワイルドカードだった。


『グルルルゥ……ッ』


 漆黒の巨大怪物は威嚇いかくのような、うなり声を上げる。

 だが、つんい体勢のままで、首を振ったり、肩を捻ったりしているだけで、一歩も動かない。


「チッ、コイツまで命令に逆らうのかよ……っ」


 吸血鬼は、命令に応じない従僕に苛立ち、振り返る。


 そこに、青い魔術師が口を挟んだ。


「── ああ、すまん言い忘れてた。

 それ、結着ロック済みだ」


「……はぁっ?」


 立籠たてこもり犯リーダーは、眉をひそめていぶかしむ。


 途端に、ジャラララ……ッ と、派手な音が響きわたった。


 魔物は、手首や足首を縛っていた鎖で引き立てられた。

 それも、かんのひとつが握り拳ほどある、太い鎖だ。

 強力な魔術鎖は、そのまま魔物の巨体を引っ張り上げ、大の字の体勢のまま宙づりにする。


 ── そう、魔物は主人の命令に応じなかった訳ではなかった。

 アヤトが、回避と同時に残した捕縛のわなに手足を捕らわれ、動けなかったのだ。


 さらに、青い魔術師が金属の板札ふだを4・5枚投じると、魔物の背後に鈍色にびいろの構造物が形成される。

 体育館の床から天井までを貫く、巨大な鉄骨の十字架だ。


「な、な……なんなんだ……っ」


 灰色制服の吸血鬼は、優勢がひっくり返されたショックで、左右を見渡すばかり。

 その間に、鉄の巨大処刑装置が完成する。


決式けっしき四馬解退よつまびき


 鉄の十字架の背後には、巨大な金属転輪ホイールが形成され、鉄骨の端を通って鎖が接続する。

 体長3メートル弱の ── 尻尾まで入れれば5・6メートルはある ── 人とトカゲと犬を混ぜたような魔物が、磔刑はりつけになる。


 最後に、青い魔術師は十字印を組んだ。

 右腕は、脇を締めて握り拳を右肩の前に。

 左腕は、胸の高さで真横にして、右手首と交差するように。


「── き、千切ちぎれっ」


 異能者の呪句・禍詞かしと共に、右肩の前で組んだ印を切った。


 ── 発気印はっけいん

 流派によっては、引き金法印トリガーアクト着火法印イグニッションとも呼ばれる魔術の始動式。


 金属魔術が、主命に従い殺戮さつりくを開始する。


 怪物は、漆黒の巨体を、四方向から引っ張られていく。


『グウゥ……ガ、ガァァ……ッ』


 苦悶の声と共に、身をよじり、逃れようとするが、鎖の拘束はわずかともゆるまない。


 ギャリッ……ギャリッ……ギャチッ…… と秒読みするように鎖がきしむ。

 ゆっくりとだが確実に輪缶ホイールが回転して、鎖を巻き取っていく。

 その度に鎖は、魔物の肉体に食い込み、四方へと引き延ばしていく。


 まるで中世の処刑具を思わせる、巨大で残酷な機巧からくり


 頭と右腕が ──

 左腕が ──

 尻尾と左脚が ──

 右脚が ──


 磔刑はりつけにされた漆黒の巨体が、十字架と同方向に引き延ばされていく。


「── やめ……、やめろぉ~~っっ」


 立籠たてこもり犯リーダーが、苦しそうに首を押さえて、脂汗をかきながら苦悶の声を上げる。


「なんだ、痛覚連動つうかくれんどうすら切れんのか……

 <影身シャドウ>を使えたところで<下級眷属アンダー>は底辺アンダーか……」


 すると、魔術の執行しっこうを見守っていたアヤトが、呆れたため息と共に振り返った。


「……そのくせ、お前みたいな吸血鬼になって調子ノってるヤツほど、アレだ。

 よく吠えるくせに、ちょっと小突こづくと、すぐに尻尾を巻いて逃げる。

 根性も、気合いも、努力も、何もねえ。

 それどころか、吸血鬼としての血統のホコリプライドすらないとはなぁ。

 こんな意気地いくじなしを逃がさずため、ノせるため…… ── とはいえも骨が折れる……っ」


 アヤトは、精神疲労ストレスを発散するようにグチグチとつぶやく。


「── ぐ、ぐ、が、あァ、アァァァ……っ」


 立籠たてこもり犯リーダーは、絶叫の形に大口を開き、白目をきながら、座り込む。


 その背後で、1.3倍ほどに引き延ばされた魔物の巨体が、ついに限界を迎えた。

 

 ── ブチブチブチ……ッ! と、輪ゴムを何本も束ねて引きちぎったような音が響いた。


「── ……~~~~~~~ぃ、ひ……っ」


 漆黒の尻尾と左脚をまとめて縛った鎖が落下し、ベチンッ ベチンッ と床板に弾む。

 それと同時に、灰色制服の吸血鬼は、声ならぬ絶叫を上げて昏倒していた。





//── 作者注釈 ──//


 更新日時をミスって最終稿の前でアップしてしまう!


 という痛恨の凡ミスからおよそ2ヶ月。

 ようやく正規バージョンのアップです(2020/10/28)



 そんな訳で。

 せっかく感想いただいたのに、なかなかお返事できずにすみませんでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

崩月のオルターイーゴ ~魔女の撃鉄~ 宮間かんの @miyama_kan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ