バレンタインと帰国子女
無月兄
第1話
授業も終わり、教室にいるのは彼と私の二人だけ。
それを確認した私は、背中にあるものを隠しながら、できるだけさり気なくを装って声をかける。
「ねえ、
「なに?シノブ」
呼ばれた理由に心当たりが無いようで、キョトンとした顔で見返す、クラスメイトの奥井君。
って言うか、彼は私の事をナチュラルに名前呼びしてくるんだよね。いい加減もう慣れているはずなのに、なぜか今日は緊張してしまう。それはきっと、私がこれからしようとしている事と無関係ではないだろう。
背中に隠したそれを取り出し、世間話でもするかのような気楽さで言う。
「これあげる。チョコレート、手作りだから」
言った。言ってしまった。自然な感じだったよね?気合入りすぎとか思われてないよね?
私が何をしたかったかは、今のでだいたい分かったよね。今日はバレンタインで、私は女の子で、奥井君は男の子。つまりはそう言う事なの。
もちろん、友チョコなんかじゃなくて本命チョコ。だけど私は、そんな本当の気持ちを極力表に出さないようにしている。いかにも友チョコですよって感じで、彼に渡す。
本当は言いたいんだよ。本命チョコですって、ずっとあなたの事が好きでしたって。
それで奥井君から「俺もだよシノブ。ずっと好きだったよ」なんて言ってもらって、恋人同士になって、チョコのお返しだよなんて言ってハグなんてしてもらって、キャーッ
……なんて、本当にそうなればいいんだけどね。
だけど残念ながら、今の私にそこまでの勇気はない。今年は友チョコって事にして、本格的な告白はまた今度にしよう。
差し出したチョコは、無事奥井君の手に渡る。だけどそこで、奥井君は不思議そうに首を傾げた。
「ありがとう。でも、どうしてチョコなんてくれるの?」
「えっ……」
どうしてって、今日と言う日を考えたら分かるよね。バレンタインだよ。そりゃ、告白なんかじゃなくて友チョコって設定だけどさ。
だけどその時、私はある事に気付いた。確かに奥井くんなら、バレンタインにチョコを贈ると言うのを知らなくてもおかしくないかもしれない。
だって彼は――――
「ひょっとして、アメリカにはバレンタインって無いの?」
奥井君は幼いころからアメリカで育って、去年高校入学を機に日本に戻ってきたと言う。所謂、帰国子女と言う奴だった。
日本語は向こうでしっかり勉強してきたようで、日常会話程度なら何の問題もない。だけど常識や感性なんかは、たまに私達とは違うと感じる事もある。
私を苗字でなく『シノブ』と名前で呼んでいるのだって、きっと彼にとっては抵抗が少ないだけなのだろう。別に深い意味は無いんだよ、シクシク。
おっと、話がそれた。チョコを手にした奥井君は、相変わらず不思議そうな顔のままだ。
「アメリカにもバレンタインはあるよ。けど、それとチョコと何の関係があるの?」
「えっと、何と言うか……」
好奇心から聞いてくる奥井君。だけど、なんて答えたらいいか分からず困ってしまう。「日本では好きな人にチョコを渡す日なんだよ」なんて言ったら、ほとんど告白になっちゃうよ。
「にっ、日本では、友達同士でチョコをあげる日なんだよ。言うならば、チョコの日」
「へぇー、そうなんだ」
うん、完全な嘘は言ってないよね。そりゃメインは恋愛だけど、最近は友達同士って言うのも多いからね。
すると、それを聞いた奥井君は面白そうに言った。
「同じバレンタインでも、アメリカとはずいぶん違うんだな」
「向こうではこんな事しないの?」
「ああ。なんでチョコをくれるんだろうって、不思議だったよ」
そう言えば、バレンタインは日本のお菓子メーカーの陰謀なんて言葉もある。チョコを贈るのは日本独自のものだったのか。
「アメリカではね、チョコの日じゃなくて、恋人の日って感じなんだ」
チョコはともかく、そっちは万国共通だったのか。
「えっ……そ、ソウナンダー、シラナカッタヨー」
嘘です。私完全に嘘つきました。知ってます。日本でも完全に浸透しています、恋人の日。
「そう、男の子が好きな女の子に贈り物をする日。チョコなんかもお菓子もあるけど、他にも花とか、ジュエリーとかもあるよ」
えっ、そうだったの?それは本当に知らなかった。
男の子の方から贈るとは、日本とは真逆だ。すると奥井君、急にポケットから何かを取り出した。
「だからシノブ。これ、俺からのプレゼント」
「えっ……えぇっ!」
差し出された奥井君の手には、色とりどりの花の模様が描かれた栞のセットが握られていた。
「シノブ、本が好きだろ。どうせなら、いつも使ってくれるのがいいなと思ったんだ。受け取ってくれる?」
「えっ、いや……何で?」
そりゃ私は本を読むのは好きだよ。この栞も可愛いし、もらったら嬉しいよ。でも何で?奥井君が私に?
「あれ?ひょっとしてさっきのバレンタインの説明、上手く伝わってなかった?日本語がおかしかったのかな?アメリカではバレンタインは好きな女の子に贈り物をする日で……」
「いや、分かってるから。ちゃんと伝わってるよ!」
そう、意味は分かっているんだ。ただ、心がそれに追い付いていないだけ。
よし。ここは一度、落ち着いて整理してみよう。奥井君にとって、バレンタインは好きな女の子に物を送る日。そして、今こうして私に栞をプレゼントしてくれた。それってつまり──
「奥井君、もしかして私の事、す……す……好きなの?」
「そうだよ。ずっと前からシノブの事が好きで、今日告白しようって決めてたんだ」
言った!今ハッキリ好きって言った!私はその一言を告げる勇気がなくて友チョコって設定で私たって言うのに、奥井君はこんなに堂々と言った!
これがアメリカ帰りのなせる技なの?
「それでシノブ、早速だけど、返事聞かせてくれる?」
「……へ、返事?」
「うん。上手くいくかわからないから、これでも結構ドキドキしてるんだ。けど、どうかこの気持ちに応えて欲しい。ダメかな?」
促しながら、持っていた栞をさらに前へと押し出す奥井君。返事がOKなら、これを受け取ってくれって事だよね。
信じられない。まさかこんな形で奥井君から告白されるなんて。
こんなに堂々としていながらドキドキしてるなんて言われても。そう思ったけど、よく見ると奥井君の顔はほんのり赤くなっていて、心なしか表情も固い。
気さくな感じでグイグイ言ってくる奥井君。だけどその言葉に、一切の嘘は無いんだろうなと気づく。
考えてみれば、私なんて友チョコのフリをして渡すだけでもあんなに緊張したんだ。ちゃんとした告白なら、きっとその何倍も勇気がいるんだろう。
奥井君は、そんな勇気を出して私に告白してくれた。もちろん、私の答は決まってる。
「よ、よろしくお願いします」
ぎこちない声で答えながら、ガチガチになった手で奥井君の持っている栞を受けとる。するととたんに、彼の表情が和らいだ。元々笑顔だったけど、どこか固さのあった今までとは違って、なんだか見ているだけでこっちまで嬉しくなってきそうなくらいの、心からの笑顔だった。
「ありがとうシノブ!大好きだよ!」
私の手を握って、全身で喜びを伝えるかのようなハイテンションで言う奥井君。恥ずかしげもなくこんなことができるのも、アメリカ帰りだからかな?
だけど私は、そんな風に素直に自分の気持ちを言える奥井君が好きだ。そんな奥井君だから、好きになった。
「ねえ奥井君。さっき言ってた日本のバレンタインの話だけど、実はちょっとだけ違うの」
「えっ、チョコの日じゃないの?」
「一応チョコの日って言うのも間違ってないし、友達同士で交換もするんだけどね」
私の好きな奥井君。これを聞いたら、今度はいったいどんな表情を見せてくれるだろう?
ドキドキしながら彼の持つチョコを指さし、私はバレンタインの真実を告げる。
「日本でも、恋人の日なんだよ。女の子が好きな男の子に、チョコレートを贈る日なんだ」
バレンタインと帰国子女 無月兄 @tukuyomimutuki
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