第2話後編


「そこに何で車を止めるんか! 」

駐車場で自分のシルバーカートに座った女性は、その大きな声を聞き、ため息をついた。


一週間前、自分はテレビの取材を受け

「夢のように美しい人やったよ」

「夢のよう、そうですか」

美人のアナウンサーはそう言った。地方のテレビ局だったが、放映後の効果は

「ひどい」と言わざるを得なかった。

この町に車でやってきて、勝手にいろいろな所に止める。車止めにぶつかる、私道に入り込む。その時間にはいないというのに、下校途中の小学生に接触寸前と、静かなこの町に怒号が飛び交うようになってしまった。

 

 大きな原因はあの塚ファンのブログだった。写真も何も載せていないにも関わらず、彼女の経験、経歴から、

「これは本当のことだ! 」とまずテレビ局が食いついた。小さなカメラを町の人に渡して撮ってくれるようにも頼んでいたが、それ以上に一般の人間が多く集まってしまった。

「車で数分の所にスーパーの駐車場があるから」という箴言を素直に聞く人間もいたが

「これをやってから仕事に行くんだ! 」と逆切れのようなことを言う者もいた。複雑な道を持つこの町にとっては、あまりにも大きな事件で、しかも予想通り人が多いと美男美女は全く現れない。

時を待つしかない、と多くの人はそう諦めていた。


「これでいなくなった方がいいがなあ」

「そうなればいいけど、区長・・・」

「すいませんうちの娘が書いたことで」

「いや、それはこっちが頼んだことだから。まあ、派出所の警察官が見回ってくれるようになって、急に落ち着いたから、大丈夫だろう」

区会の議題はずっとそれが主になってしまった。

そして梅の花が満開になるころには、もうカメラを持った人間など全くいなくなり、町は静けさを取り戻した。社会的には大きな時事問題がおこったので、もう誰もこの町のことなど忘れかけていた。


「え!!!」


公園のグラウンドゴルフのメンバーは、ほとんど一斉に動きを止めてしまった。


「今までの美男、美女たちが全員だ! 」心の中で大きく叫んだ。


車がやっと離合できるようなこの道を、十数人、みんな同じように歩いている。誰も、誰とも話すこともせず、バラバラに歩き、でもぶつかりもせず。そして枝分かれした道を歩いて行った。公園のメンバーの何人かは走ってそれを追いかけた。

だが、今度はまたさらに枝分かれした道にそれぞれ入ってしまい、誰を追いかけようかと算段しているうちに、姿はかき消えてしまっていた。とぼとぼと公園に戻ると、そこは興奮していると思いきや、妙なざわついた感じになっていた。


「何だろうな・・・見慣れないせいかな。あれだけみんな綺麗な人が密集しておると、何だか・・・不気味な気がする」最初の興奮とは全く逆の、多少恐怖を孕んだものだった。

 確かに一般の人間はこんな状況に出会ったことはない。テレビ局の中や、映画の撮影場所ならそうかもしれないが、でもそこにいる芸能人たちは、名前を知った、顔を知ったものが多いだろう。だが彼らはそうではない。美しさは全く引けを取らないが、言葉も、表情もない。しかも現時点の科学技術上、ロボットでもない。


本当に珍しいことなのだが、公園のグラウンドゴルフは中断され、何人かが区長の所にこのことを報告に行くことにした。同じ報告を区長は別の人間からも何度も聞かなければならならず、

そして、その夜の事だった。



「ああ、本番まであとちょっとか、もう慌てても仕方がないんだが」

大学入試を控えた学生は、真夜中につぶやいた。

「ああ、でもあったかいな、暖房が効きすぎている、窓でも開けよう」

とカーテンをぱらっとめくって鍵に手をかけようとした瞬間だった。


「人が歩いている・・・ほとんど足音なんかしていなかったのに?」


颯爽と言う感じだったが、それにしては耳をすまさなければ聞こえないような音しかしていない。二階の窓からは頭しか見えないが、若い男性の様だった。すると反対側からも誰かがやってくる。外灯の明かりで白く照らされて、顔のシルエットがくっきりと写し出された。その見事な美しい陰影がすっと通り過ぎていくと同時に、また別の顔が通り過ぎて行った。最初の人間以外はほとんどが女性で、若いこの受験生は「入試が終わってから見たかったな」と嵐の前のうれしい休息をとっていた。

 

全く同じ頃、ある家の小学生が目を覚ました。二階の子供部屋にこの男の子一人だが、怖いとは思わなかった。

「ピチリ」と窓から音が聞こえた。さっとその子はベッドから飛び起き、窓の方に向かった。

「虫かな? 夜の虫たち」

彼は昆虫が大好きなので、夜中にこんな風になっても、それは大切な観察時間なのだ。

「昼間にテントウムシを何匹か見た、小さな羽虫も」喜び勇んだが、今度はゆっくりと、虫たちが驚いて飛ばないようカーテンからそっと覗いた。

 

すると彼の目に飛び込んできたのは虫ではなく、道にいる数人の人間だった。それが家の前をウロウロするわけではなく、素早くさっと動いては視界から消えた。

たった数分のことだったのかもしれない。話し声もせず、足音もほとんどせず、同じことが繰り返されるのを見て、その子は


「お母さん! お父さん! 」


慌てて両親の寝ている部屋に行った。二人は飛び起き、震えている息子が夢を見たのかと最初は思ったが、落ち着かせて話を聞いてみると「それを見たらおびえるのは当然だ」と父親は慌てて外に出た。少し近所を走り回ると、遠くに人影がぽつぽつと見えた。足の遅い女性が良いだろうと、さらに走って追いかけることを決めたが、それを実行している間にパッ、パッと家々で明かりがつき始めた。そしてPTAで一緒になったことのある男性が外に出てきて

「見ました? すごくたくさんの。顔はよくわからなかったんだけど」

「息子が怖がって、泣いてしまって・・・」

「夜は、初めてじゃないかな・・・」さらに数人が外に出てきた。



 恐れていたことが起こってしまった。

毎晩毎晩、今度は夜に美男美女目当てで来る人間が押しよせてきた。真夜中を歩き回る、またはバイク、車、これに対しては警察はさらに厳しく取り締まったが、受験生はしばらく勉強などできはしなかった。誰がこのことを外に漏らしたかと犯人探しをしたところで、もはやどうしようもない、時間はもとには戻らない。

夜の喧騒はあまりにも不愉快なもので、怒る警察官の声が、真っ暗な町に響き渡った。それが収束し始めた頃、住民たちは集まって緊急会議を開いた。


「彼らがまた現れたら、同じことでしょう? 」責めるように言われても仕方がない、誰がさせているわけでもないのだろうから。

「とにかく会って話をしなければ始まらない、昼間にパトロールしよう」

「僕たちは仕事でできませんが、大丈夫ですか? 」

「俺たちはいい年だが多少はまだ走れる。とにかく理由を聞かないことには始まらない」

「僕、芸能プロダクションをやっている友人がいるんですが、ずっと見に来たいって」

「それは止めよう、元の木阿弥だ。とにかく明日の朝から三時前までやろう」

結局動けるものはその地区の区長、副区長、神社総代、会計、会計監査(前区長)となった。

 

 早速次の日から、自分たちが美男美女よろしく町の中を歩き回った。

「もう誰も撮影者がいない、流行が速いのと同じなのか」と誰もがそのことの方に驚いたが、町はいつものように静まり返っていた。その日は結局現れず、次の日は雨の中見回ったが出ずじまいだった。

「三日坊主ではだめだろう」

とパトロールの後みんなで集まって話したが、不思議と三という数は、古今東西古くから意味のある数字であった。


 三日目は晴天だった。雲一つなく、朝の空気はさすがに冷たく感じたが、日が昇ってに歩き回っている区会の人間は、着ているものを一枚また一枚と脱いでいた。

その内の一人のが道端でそうやっている最中だった。

「え! 」洋服から片手を出した動作の途中で、全く固まったまま動けなかった。

ちらりと見えた女性が、まるでテレビの中から抜け出たような人だったからだ。だがその女性はすぐにわき道にそれたようだった。

「今のがそうか? 新しい美女か? 」

やっと追いかけたがもう姿は見えなかったので、慌てて電話をかけ始めた。


「あれは! 岩下志麻だって! 」

「佐久間良子にそっくり! 」

区長の所には電話がひっきりなしにかかっていた。今更誰に似てようがいいだろうが、一応そのあとにきちんと、こっち方面に向かったという位置情報はそえられていたので、区長はそれこそ苦笑しながら

「俺たちの時代の女優だから興奮するのはわかるが」

と小さく独り言をつぶやいたが、ある種まだ見ていないため、冷静に考え始めた。


「一人? この前は大勢だったのに、今度は全く新しい人間が一人、しかもまるで自分たちに合わせてくれているような美女・・・」

現れたことで、みんな歩き回るのをやめその場で待機をしようと区長は告げた。


 その英断は正しかった。区長は大きな道から少し離れた所に立っていると、前から女性がやってくるのが見えた。色が白く、大きな目が美しかった。年齢は今まで見た美女たちの中でも上の方だろう、成熟した女性、そして彼女の経てきた人生がすぐに見て取れた。

生まれてすぐに「かわいい赤ちゃん」と言われ、大きくなるにつれ美少女となり、成人しては美人と呼ばれ、その人としての成長の歴史にきちんと向き合ってできたような美女だった。年を取ることを恐れず、それを受け入れることによって勝ち得たような「強い美しさ」を持った女性だった。


「これは・・・足が止まるな」区長もしばらくは動けなかったが、その責任感を奮い立たせるようにして、すっと前に走って、美女の真横に行った。

「すまんが、話を聞いてくれんかね」

すると彼女は顔を向けはしなかったものの、きっと誰も経験したことのない、見たことのない動作をした。

 

美女が、進む歩調を緩めたのだ。


「しめた! 話ができる! 聞いてくれるんだろう! 」区長は語り始めた。


「わしらも最初、タダでこんなに綺麗な人たちが見られるなんて幸せやと思った。確かにあんた達は何一つ悪いことをしていない、歩いとっただけやが、その、他の人間が騒ぎ立てた。違法駐車とか、危うく子供がはねられそうになったとか。あんたたちは人目を避けて今度は夜、と思ったんかもしれんが、今度はやってきた連中が夜中に騒いでな。確かに、本当に、あんたたちは何も悪いことはしていない。だがそのな、挨拶とかしてくれたらいいんやがな、それもない。」


その間、彼女は表情一つ変えることなく歩いていた。その横顔を見ながら区長は思わず言った。


「あんた、小川真由美に似とるなあ・・・そう、昔小川真由美の舞台を見に行ったことがあるが、それは見事な演技やった。あれだけ綺麗であれだけの演技ができるというのは、さすが大女優やと思った。あんたも、あんたたちもみんな同じくらいにきれいや。もしかしたら一度芸能界に行ったことがあるのかもしれん。俺たちはないものねだりで、あんたたちをきれい、きれい、というばっかりや。だが確かに芸能界で生き抜くことは簡単やないやろうとは思う。でも女優の中にだって、最初出てきたときは演技が下手で、年を取るにしたがって上手くなっていった人だってたくさんおる。だから、悪いがこんなことは止めてくれんかね、騒動になる、よそでやってもらっても困る。その、事情があるんなら、わしたちが協力できることはしたいとは思う。プロダクションの人間を知っているという人間もおるから、そこで心機一転を図る、というのもあるやろう、人生は長い。あんたもまだそんなに年じゃないんやから、やり直しは利くと思うよ。他の人間はもっと若かったろう? だったら猶更じゃないかね」

みんなでそう言おうと決めていたことを告げた。気が付いたら、あと少し歩けばこの町から出る、という場所まで来ていた。すると急に彼女は立ち止まり区長の方を向き、美しい唇が小さく開いた。


「どの時代も・・・美しいからと言って」少し低めの艶やかな声がした


「生きるのは、そう簡単ではないということですね・・・」


セリフのような間だった。そしてすっとわき道にそれた。


「あ! 」

区長は叫んだ。何故ならその道はすぐに完全な行き止まりで、竹藪になっている。しかもその竹藪は急斜面で、何度か竹を切るのを手伝ったが、足元を気をつけておかないと危ない所だった。区長は走って追いかけたが、姿も見えず、おかしなことに何の音もしなかった。しばらくして

「ガサガサッ」ととても大きな音がしたが、そのあと犯人は

「カアカア」と正直に声をあげた。もともとその音は明らかに竹の上の方で鳴っていたので、区長はそこにただ茫然と立ち尽くしていた。そこへ他の役員たちが集まってきたので、みんなに彼女が話を聞いてくれたこと、そして最後に言った言葉を告げた。


みんなしばらく考え込んでいたが、

「あれ? 」と神社総代の男性が声をあげた。

「ああ! そう言えば! 」とみんな表情が急に明るくなり顔を見合わせた。

「確か、昨日から息子夫婦が帰ってきていたよ」


「とにかく行って見よう、前の神社総代の家へ」



 長くその職を務めた人だった。なかなかやる人間がおらず、仕方なく長く引き受けてくれていたが、去年亡くなり、その連れ合いも後を追うように逝ってしまった。彼は郷土史家であったが一方で独自の研究をやっていた。


「ええ、噂を聞いてまさかと思って帰ってきたんです、皆さんお久しぶりです」


遠方に住む息子は幼い頃からの知り合いなので、話はスムーズに通った。

「そうなんです、郷土史の資料は引き取ってくださる方が見つかったんですが、その、父の趣味の研究はどうしたらいいのかと、亡くなった母とも相談していて。私も正直困っていたんです・・・捨てようかなと」

 

区会の行事でみんなが集まると、彼は最初郷土の歴史を話していたが酒が入るといつも

「歴史上の美男美女の中で一番は誰かというと・・・」と話した。

「郷土史よりも楽しそうですね」

「そりゃそうだろう、調べれば調べるほど楽しい、でも悲劇も多いから可哀そうだ・・・今なら間違いなく女優になって生きているだろうなあ」

といつもしんみりとするのだった。


区長達は段ボール数個になるその資料を受け取り、そのまま神社の中に入れ、礼拝をした。後日いつも祭り事の時に来てくれる神主を呼んで、改めて祈祷をしてもらった。


それからは、もう誰も現れることはなかった。


 

 桜の季節がやってきた。川沿いの道はこれから数週間、咲いた桜と、散った花びらが道と川を覆う日々が続いてゆく。

「この桜の下を・・・」と誰もが心の中では思ったが、今年はそれを口に出して言う者はきっといないだろう。

結局彼らは何だったのか。人類の歴史上の美男美女なのか。もしかしたら最後に区長が聞いたカラスが化けたのではと言う者もいた。何故なら美男美女が現れている間、この町で全くカラスを見ていなかったからだ。「鳥が化けるのか」という話もあるが、真相は全く分からない。最近出るようになった男性のアイドルがとても似ていたというが、これも定かではない。


 ただ、一度だけ不思議なことがあった。神社総代の男性が夏祭りの準備をしようと神社に行き、その帰り、階段を降りようとしているときだった。下の方からポンポンと階段を段ぬかしで登ってくる男の子が見えた。高校生くらいか、細身で、目がキラキラしていた。彼は少し上を向いて神社総代に気づき、にっこりと笑った。

そして手水所で手を清めたが、とても慣れた感じで、それを終えると、また楽し気にこちらを向いて、微笑みながら頭を下げた。とても気持ちの良いさわやかな感じだった。

神社総代は誰かに似ていると考え始めた。そう、あれはまだ娘が若い頃に、必死に応援していたアイドル


「タッキー・・・」思い出した途端


「こんにちわ」とこの年齢の男の子にしては礼儀正しく、どこか堂々とした雰囲気も漂わせ、その後こう言った。



「この程度なら、いいですよね」


 そして自分の横をすっと通って社に向かった。慌てて振り返るともう彼の姿はどこにもなく、ひっそりと、町のどこかでカラスの鳴き声がしていた。

変わったことと言えば、この事だけだった。

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小恐怖 美人の町 @nakamichiko

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