03

 ――ラ、テッラ!


 自分の名を、懸命に呼ぶ声がする。テッラが目を覚ますと、そこは自宅のベッドの上で、脇には母親のモンターナが心配そうに彼女の顔を見つめていた。

 彼女の意識が戻ったことに気が付いたモンターナは、テッラをぎゅっと抱きしめた。


「テッラ! ……あんたはもう、心配かけて」


 母親の話によると、テッラは丸二日寝込んでいたらしい。頭が上手く働かない。二日前、自分は何をしていたのだろうか。思い出そうとすると、ズキ、と頭が軋むように痛み始めた。

 モンターナは、目覚めたばかりの娘に対し、矢継ぎ早に言葉を口にする。やれお前はなぜ黙って教会を抜け出した、やれお前はラクリマばあさんに申し訳ないと思わないのか、やれお前は普段から奔放が過ぎる、だから坂から転がり落ちて――。

 説教ともとれる母の物言いは、目覚めたばかりのテッラには少々手に余るものであった。徐々に記憶を取り戻していくテッラ。そうだ、自分は二日前、ラクリマばあさんの葬式に出て、こっそり抜け出して、いつもの丘に行ったんだった。


 そして。そうして。そこで。そこから。


「……――っ!」


 頭痛が増した。丘に着いた後、自分はどうしたんだっけ。そこだけぽっかりと真っ黒な穴が空いたように、記憶が抜け落ちている。思い出そうとすればするほど増していく頭痛は、彼女に思い出すことを止めているようにも思えた。

 母の話によれば、自分はその後、坂の上からうっかり転げ落ち、打ち所の悪さから、二日間寝込んでいたという。余りの頭痛に顔をしかめ、頭を抱えていると、モンターナはやはり打ち所が悪かったのだ、と納得したように呟いた。


「とりあえず、お医者様呼んでくるわね」


 重体だったとも言える娘に対し、モンターナの対応は余りにもそっけないものだった。未だベッドに横たわる彼女を背に、部屋を後にする。ただ、そのドアの脇で、母が小さく安堵のため息をついたのを、テッラはしっかりと見ていた。

 彼女はゆっくりと手足を動かす。ゆっくりと拳を握ろうとするが、まだ反応が鈍いように感じた。テッラはもうひと眠りしようと、目を閉じる。だが、もう既に二日間眠り続けた体である。もう一度眠りにつくには、若いテッラの体には大変難しいことであった。

 よっこいせ、と錆びついたような自分の半身を起こす。窓から覗いていたのは、昼間のかわり映えしない日光だった。一昨日、教会を出たのと似たような肌感覚である。モンターナから二日間寝込んでいたと言われた際にはあまり実感は沸かなかったものの、昼間の風は現実を彼女に運んできた。

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ウィレムの丘 桐生遙 @kiryu66

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