02-4

 遠のく意識と消えない漆黒。それを打ち破ったのは、暗闇の中では余りにも純白なものだった。


「――……、マレ?」


 突如彼女の目の前に現れた白い「何か」は、テッラに聞き覚えのある名でテッラの顔を覗き込んだ。突然姿を見せたもう一つの気配に、彼女は目をぱちくりとさせる。よく目をこすって見てみると、それは紛れもなく「人」であった。

 そんなわけないか。どこか寂しげにそう呟いた白い人影は、彼女を背にする。そして暗闇に対し、テッラでも分かるほどの殺気を向けた。


「また会ったな、魔女」


 その声は男性のものであったが、少年とも老人とも言えない、これまた奇妙な声色だった。ただ一つ分かるのは、声の主が、この暗黒に対し、深い憎悪の念を抱いている、ということだけ。

 彼を見つけた暗闇は、これまた面白そうにケタケタと笑い出す。


『おや、これは久しぶりだね。哀れな子、時に見捨てられた惨めな子』


 魔女の嘲笑ともとれる言葉に、男は吐き捨てるように言った。


「――立ち去れ。ここはお前の来ていい場所じゃない。この子にも関わるな」


 おやおや、怖いねえ。暗闇は口先では怖がっているようだったが、その様子は一切見られなかった。


『魔女は常に自由だよ。この国で、魔女の行けない場所はないよ』


 男は魔女の物言いに舌打ちをした。そして、おもむろに胸元から何かを取り出す。暗闇にきらりと光る鋭利なそれは、短刀であった。彼は暗闇に向け、それを突き立てるように持つ。


「何度言えば分かるんだ。去れ。今すぐに」


 男は語気を強める。けれども魔女の笑いは止まらない。暗闇の四方八方から響くそれは、テッラの頭の中を駆け巡る。


『怖い怖い。なんて横暴なんだろうね』


 暗闇は笑いつかれたようで、ふう、とため息をついた。そして続ける。


『今回は思いがけない邪魔も入ったしね、魔女は帰るとするね』


 男の短剣が鋭く光る。ぴり、と彼のものであろう殺気が、彼女の頬を滑り落ちた。


『じゃあね、テッラちゃん。魔女はまた現れるよ、すぐに』


 その台詞を皮切りに、暗闇がぐるんと回転した。瘴気が体中を舐めまわす感覚に、テッラは身をぎゅっと縮める。

 ふと、テッラは人の温かみを感じた。それは男のものであったが、それに気づく前に、彼女は気を失った。

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