02-3
目の前の、余りに非現実的な現実を把握することすら、テッラには容易ではなかった。先ほどまでのスミレは? 透き通る春の昼間の空気は? 暖かな日差しは? ぐるぐると頭の中を駆け巡るのは、疑問符ばかりである。
次第に恐怖が勝るようになった。頬をなぜる、生暖かくて不快な空気。一寸先も見えないほどの漆黒に、テッラはまともに立つことすらままならなくなった。
呆然としたまま、へたりと座り込んだ彼女に、暗闇は追い打ちをかける。
『やぁ、お嬢さん』
テッラの耳をかすめたのは、男とも女ともいえないような、しゃがれた声だった。暗闇から響く雑音とも言える不快なその声に、彼女はぐっと身を縮める。
『おや、そんなに怖がらなくていいんだよ。魔女は君に危害を加える気はないよ』
奇妙な口回しで、暗闇はテッラに語り掛ける。魔女と自らを称した声の主は、恐怖に身を震えさせるテッラを見て、けらけらと笑っているようだった。
テッラは声の主を探そうと、周囲を見渡す。けれども、そこにあるのは、永遠に続くとも思われるほどの漆黒だけであった。そんな彼女の様子に、暗闇は更に期限をよくしたようである。しゃがれた笑い声は、次第に上ずっていった。
『怖がりのテッラちゃん。小さな小さなロス村の、これまた小さなテッラちゃん。魔女は何でも知ってるよ。魔女に知らないことはないよ』
老人のようにしゃがれた声。だがその言葉たちは、無邪気な子供のように踊っている。
テッラは震える口をつぐみ、目をきゅっと閉じた。急に暗転した世界。それは少女の理解をとうに超えるものであったが、これだけは分かった。それは単純で、本能的な直観でもあった。
――危険だ。
今すぐこの場を立ち去りたい。全身を包むこの不快な瘴気を、スミレの優しい香りで拭いたい。けれども、彼女の身体はすくみ、ぴくりとも動かない。
助けて。その心の叫びは、固く結んで閉ざされた口の中にしか響くことはない。なにこれ、意味わかんない、助けて、助けて――誰にも届かない救いを求める言葉たちは、暗闇に吸い込まれるばかりだ。
ぬるり。彼女は自分の頬が何かに撫でられる感触に身を竦めた。手のようであったが、明らかに人間のそれと感覚は異なっていた。
『春生まれのテッラちゃん。金の色したテッラちゃん。決めた、決めたよ。魔女はこの子にきーめたっ』
魔女は幼子のように語気を弾ませた。そして、もう一度ぬるりとした感覚がテッラを襲う。
決めた? 何を? なぜ私の名前を――? 疑問と不安でごちゃまぜになった頭は、彼女の意識を失わせるには十分なものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます