番外編〜真夏のBlue gem 2〜
離宮の前に広がる浜辺はプライベートビーチになっている。
巨大国家を誇るリオティア国の王族の館なのだから当然といえば当然。お忍び旅行とはいえ、リッカルドの専属ボディーガードが五十人はいる。
さらに四神の使いである四人のディユにもそれぞれボディーガードが付いているので、結局のところかなりの大所帯だ。
こんなお忍び旅があるのだろうか…とフィラは苦笑いした。
「おいフィラ。なぜこんなところにいるんだ」
離宮からビーチに抜ける道の壁際に隠れるように立っていたフィラの背にアイシャが声をかけた。
その声にビックリしてフィラは飛び上がった。
とっさに胸に抱えていたバスタオルでパッと体を隠す。
「ア、アイシャさん」
フィラの前には黒いビキニを着たアイシャが腰に手を当てて堂々と立っている。成熟していない少女の体ではあるものの、大変美しい。
紫の長い髪はポニーテールに結い上げられていた。
「ほーお」
もじもじしている金の髪の少女を見て、アイシャはすぐに察して含み笑いを浮かべた。
この女は肌の露出を恥じているのだな。
そうこられるとくすぐられるのが男心だ。アイシャはフィラを頭の先から足の先まで舐めるようにじっくりと見つめた。
その目を見ておぞましそうにフィラが後ずさる。
「き、気持ち悪い目で見ないでください!」
「気持ち悪いとは失礼な奴じゃのう!水着ごときで恥じらいおって。生娘でもあるまいし」
「き……っ」
カァー!!とフィラの顔が赤くなった。アイシャは目を丸くした。
「まさか生娘なのか?まだ経験してないのか?」
「……な、そんなことアイシャさんに関係ないじゃないですか!というかなんでそんな話になるんですか!」
「ふむ。勿体ないもんだ。俺が男だったら今夜にでも大人の女にしてやるのにな」
本気で残念そうな少女はお手上げポーズを取りながら先を歩いていく。
しかし十歩ほど歩いてもフィラが付いてこないのに気づいたアイシャはイライラしてツカツカと戻ってきてフィラの背中をグイグイ押した。
「ちょっとなにするんですか!」
「それはこっちのセリフだろ。いつまでこんなとこにいるつもりなんだ?ったく、せっかく遊びにきたってのにしょうもない奴だなっ」
「ちょっと、もー!分かったから押さないでよ〜!」
(バカな女。どこに恥ずかしがる要素があるんだか。お前より良い女など世界中探したっていないだろうに)
アイシャはフィラの背中を押しながらこっそりため息をついた。
「おーい!来たぞ〜!」
プライベートビーチの中心で大きなパラソルがいくつも設置されている。
そこには水着姿のリッカルド王子とディユ達がいるはずなのだが。
「んん?」
アイシャは首を傾げた。
やけに人数が多くないか。
そうだ。なぜか女がたくさんいる。
しかもみんな際どいラインの水着を身につけた美女ばかりだ。
リッカルドが至高の時とばかりに両腕に女をはべらかせてワインを飲んでいるのが見えた。
「リッカルドらしいのう。さすが女好きの看板を背負っているだけのことはある」
アイシャは呆れた顔をしたが、元は自分も男で遊び人だ。大事なところを薄布で隠した程度の裸同然の女どもが群がっているのは決して悪い景色ではない。
「これではディユの奴らも今夜の相手を見繕うのに苦労はせんな」
冗談のつもりで笑ってフィラを見上げたアイシャだが、その表情を見て口をつぐんだ。
胸くそ悪い。
「チッ」と舌打ちしてアイシャは美女が群がるパラソルの下にズカズカと消えていった。
間もなくしてカディルの手を引っ掴んでアイシャがフィラの元に戻ってきた。
フィラは驚いてまたもタオルで体を隠した。あの妖艶な女性たちに比べたら自分の体型や水着など、子供じみていて恥ずかしい。
カディルは突然アイシャに引きずってこられたのだろう。訳が分からず少し慌てているようだったが、フィラの姿を見つけてホッとした顔をした。
「あ、フィラ。良かった。なかなかいらっしゃらないので心配していたんですよ」
「まったく世話の焼ける。女どもに囲まれて固まっておったわ」
アイシャは乱暴にカディルの手を離した。 カディルは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いやあ。助かりました。急に女性たちが押し寄せてきましたでしょ。私はあまり女性に免疫がないものでして…しかしあれですね。あんな姿では目のやり場に困ってしまいますねぇ」
「お前は馬鹿か?あの女どもはな、リッカルドかお前らの夜の相手に選ばれたくて必死なのだぞ」
カディルは仰天した。
「な、なんですって。そんなつもりは微塵もありませんよ!!」
プププ…とアイシャが笑った。わざとらしくフィラの耳元で囁いた。
「良かったな」
「!!」
フィラはグッと息がつまり、赤面した。別にカディルがあの中の誰かを選んでも自分には関係のないことだ。
もしかしたら今までもこんな機会があったのかもしれないし……。
私はカディルの屋敷に居候させてもらっているだけの立場だ。
でも……
(ホッとしているのはなぜだろう)
カディルはちょっと照れながら頭に手をやった。
「いやー。それにしてもフィラ、可愛らしいですねぇ。あなたらしくてとてもよく似合います」
「!」
フィラはハッとした。
今の出来事に気を取られて体を隠していたタオルを退けていた。
カディルの前で水着姿を堂々と披露していたのだ。
でも、なんだろう。
恥ずかしさよりもホッとした気持ちが大きくて。
可愛らしいと言ってくれたカディルの穏やかな笑顔が嬉しくてフィラの恥ずかしさは消えていた。
「……ありがとうございます」
少し俯いて頬を赤く染めるフィラにアイシャとカディルは密かに苦悩した。
(世界で一番可愛いのはお前だよ!!)
(世界で一番可愛いのは貴女です……)
「あ、アイシャも可愛いですよ。実にあなたらしいチョイスです」
「……付け足したように言うなよ」
その時。
パラソルの下からアレクスとランベールが鬱陶しそうに出てきた。
「ああ、お前たちここにいたのか」
こちらに気づいて近づいてくる。
カディルとランベールはごく普通の緩い膝丈の水着だが、アレクスは競泳用かと思われるピチピチの水着を着用している。
鍛え抜かれたたくましい身体にはとてもよく似合っているが、なんとなく目のやり場に困ってフィラは視線を泳がせた。
そんなことは気にも止めず、アレクスは心底めんどくさそうにボヤいた。
「あの女どもはなんとかならなのか?リッカルド王子の趣味にも困ったものだな。ベタベタとひっついてきて気持ち悪いったらない」
「まったくもって同感だよ」
やれやれとランベールは肩を揉んだ。二人とも女性には興味がないらしい。
「リアムは?」
アイシャが辺りを見回した。
「さあね。まだパラソルの下で捕まってるんじゃない?」
「ほお。リアムは案外好きモノか」
その時。
フラフラとリアムがパラソルから出てきてこちらに気づくと疲れきった顔で寄ってきた。
「ひどいよ、置いていくなんて」
「悪いな。置いていったわけじゃない。気づかなかっただけだ」
「あーリアム。頬にキスマークがついてますが……」
「えー?もうヤダなぁ。みんなベタベタくっついてきて気持ち悪かったよ〜。あ、香水のにおいついちゃった」
ゴシゴシと手の甲で自身の頬を擦りながらリアムは情けない顔をしていた。結局リッカルド以外全員逃げ出して来てしまったのだ。
「お前らなら女を選び放題だろう。良いのか?せっかくハメを外すチャンスだぞ?」
面白がってからかうアイシャにみんなウンザリした顔をした。
「興味ない。女は嫌いなんだ」
「僕は知らない女と関係を持つのが気持ち悪い。それよりゆっくり本でも読みたいね」
「俺は女の子好きだけど、なんか必死すぎて怖かったよ。好きな子じゃないとヤダし」
「私もちょっと……女性はどうも苦手でして」
どうやらディユの青年達はハーレムに興味がないらしい。十分にその権利も権力もあるというのに。
「それよりフィラ!アイシャ!海で遊ぼうよ!!」
気を取り直したリアムがキラキラと目を輝かせて両手を上げた。
そうだ。海に来たのだ。
目の前には白い砂浜とどこまでも続く青い海が広がっている!
「ふふ、そうですね。行きましょう!」
フィラはリアムと共に駆け出した。アイシャもビーチボールをクルクル指で回しながら歩いていく。
途中振り返って叫んだ。
「おーい、カディル!そのイルカの浮き輪膨らませて持ってこいよー」
「ええ?どれ?あ、これですか!?これ膨らますの大変じゃないですか〜!」
手をヒラヒラ振って去っていくアイシャにカディルはため息をついたが、きらめく海ではしゃぐフィラを見つめて微笑んだ。
「さて、と。頑張りますかね。あ、王子のボディーガードさん、もしかして誰か空気入れ持ってませんかー?」
「さてと、僕は離れた場所で読書をするよ。君は?」
ランベールに聞かれてアレクスは遠くの岩場を指差した。
「あの辺まで散策してみるかな」
「ああ、そう。気をつけて。じゃあね」
それぞれがバカンスを楽しみ始めたのだった。
天体観測していたら、空から伝説の天使が落ちてきたんだが。 RIA @ria0712
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