番外編〜真夏のBlue gem 1〜



「わー綺麗な洋館ですね!」


さんさんと太陽が降り注ぐ昼過ぎ。

つばの長い白い帽子をかぶったフィラが両手を握り合わせて目の前にそびえる大きな建物をワクワクして見上げていた。


「ふ、一応王宮の離宮ですからね」


リッカルド王子は褒められてまんざらでもない顔でフィラの肩を抱いた。


「さあ、長旅でお疲れでしょう。まずはゆっくりと休んでください。せっかくのバカンスなのですから」


フィラは肩を抱かれたことに驚いて、戸惑いがちにリッカルドに促され洋館へと歩を進めた。


リッカルドはピタッと足を止めて後ろを振り返ると、唖然としている同行者たちを冷めた口調で呼んだ。


「なにをしている。お前たちも来い」


そしてまたフィラを丁寧にエスコートしながら洋館の中へ入っていく。


「なにこの扱いの違いは」


リアムがムスッとして口を尖らせた。


「まあまあ、王子は女性がお好きですから」


困ったようになだめるカディルの横でアイシャも憮然としている。


「美女はここにもいるんだがな」


「お前の中身は男だろ。幼児体型だし女のうちに入らん。行くぞ」


アレクスは馬鹿馬鹿しそうに大袈裟なため息をついて、長い赤髪をなびかせながら洋館へ歩いていく。


「キー!!ムカつく!あのすましたツラを引っ掻いてやりたいわ!」


地団駄を踏むアイシャに困ったもんだと肩をすくめてランベールが冷めた顔で横をすり抜けていく。


「どいつもこいつも腹が立つわ!誘われたから来てやったというに帰りたくなってきたっ」


「ま、まあまあ。アイシャ。少し落ち着いてくださいよ。今着いたばかりでしょう。とりあえず中へ入りましょう。ね?」


カディルは困ったようにアイシャをなだめて館に促した。

プリプリしながら乱暴な足音を立てて歩くアイシャの後ろでカディルとリアムは苦笑いした。前途多難とはこのことだ。


無事にバカンスを過ごせるのだろうか……。









広い談話室には豪華なテーブルと椅子がいくつもあり、窓の外は見事なオーシャンビューだ。ここはリオティア国のオーセイルという南の島だ。

常夏のこの島はヤシの木やハイビスカス、それに見たこともない華やかな花があちらこちらに咲き乱れている。


七人は大きな丸テーブルを囲みながらバリ風カウチソファに座り、運ばれてきたアイスティーやアイスコーヒーを口にした。


「あー生き返るっ!暑かったもんなあ」


一気にアイスコーヒーを飲み干してテーブルにグラスを置くと、リアムはソファに体を投げ出した。

空のグラスの氷がカランと音を立てる。


「こら。砕けすぎだ。王子の御前だぞ」


アレクスがリアムに厳しく注意すると、リッカルド王子はそれを制止した。


「アレクス、良い。我々はバカンスに来たのだからな。無礼講だ」


「やったぁ!王子は話が分かるなぁ!…て、痛っ!」


アレクスにゲンコツされたのだ。頭を押さえてリアムが不満げに唇を尖らせた。


「王子が良いって言ったのにぃ……」


「それにしても本当に良かったのですか?王子と私達が全員王宮を離れてしまうなんて」


ランベールが心配そうに眉を寄せてリッカルドを見つめた。

リッカルドはハイビスカスの飾られたトロピカルアイスティーを心地好さそうに楽しみながら、さも当然というように口を開いた。


「そんなの良いわけないだろう」


「ーーーーは……?」


ランベールとアレクス、リアムが耳を疑うように身を乗り出してリッカルドを見つめた。


「良いわけない、んですか?」


意味が分からないという風にリアムが首を傾げる。ならば何故、自分たちは今ここにいるんだろう?


「あーつまりですね。対策を練ってきたんですよ」


リッカルドがこれ以上説明する気がないと悟ってカディルがやれやれと苦笑いしながら口を開いた。


「対策?」


「ええ。実はですね……」


「いや、ちょっと待て」


説明しようとしたカディルを険しい表情のアレクスが止めた。


「本当は許可がおりていなかったのか?」


鋭い瞳で睨まれてカディルは少し気まずそうに上目遣いでアレクスを見つめ返した。

別に自分が悪さをしたわけではないのだからカディルがビクビクする必要はないのだが、なんとなく条件反射で怯んでしまう。


カディルはチラリとリッカルドに視線を投げたが、助け舟が出ないことを悟ると諦めたようにため息をついた。


「そうです。普通なら許可などおりるはずありません。今やこの国の政権を握る王子と、国の護り神の使いである私たちディユがまとめて王宮から離れるなど、あってはならないことです。普通は、ね」


「普通はって。だったらなんで僕たちはここにいるんだい?」


ランベールの訝しげな質問にカディルは困ったように笑った。


「簡単に言えば、王子が望んだからですね。そのかわり、ちゃんと対策を練ってきましたから数日くらいは大丈夫でしょう」


「対策ってなんなんだ!」


アレクスがカディルに詰め寄っていく。カディルは「あーだからーええとですねー」と慌てている。

その間もリッカルド王子は我関せずで既にバカンスに酔いしれているようだ。


「安心せい。式神を置いてきたわ」


「アイシャ?式神だと?」


テーブルに頬杖をついて紫の長い髪をクルクルと指に巻きつけて遊びながらアイシャがアレクスに視線を投げた。


「お前らの姿を映した偽物だ。まあ普通の者にはまず見破れん。そいつらがお前らの代わりに王宮や屋敷で過ごしてる」


「なんと……」


「もし何かあればフェリクスから連絡が来るだろうし、意識を繋げれば式神を操ることもできる。しばらくは大丈夫だろ」


「ヤッタァ!なんかよく分からないけど大丈夫なんだね!だったら楽しもうよ!こんな機会またとないからね!!」


リアムは飛び跳ねて窓の外に広がる海を指差した。


「まだ昼過ぎだし海に行こうよ!ね、フィラ!行こうよ!」


「え。ええ、でも」


静かに話を聞いていたフィラだが、急に話を振られて慌てた。


「良い提案だ、リアム。フィラ、あの青空の下へ共に行きましょう!」


目を輝かせて立ち上がったリッカルドは今にも窓を開けて浜辺へ駆け出しそうな勢いだ。しかし青年の声がリッカルドを止めた。


「リッカルド様。まずは皆様にお部屋のご案内をいたします。お着替えもございましょう」


振り返ったリッカルドはパッと明るい顔をした。


「おお。カイではないか!久しいな!元気だったか?」


カイと呼ばれたのは小麦色の肌がよく似合う青年だ。深い藍色の短髪と一重の瞳がクールな印象を与える。


「お久しぶりです。リッカルド王子。お陰様で元気にしていますよ。この離宮の管理長に任命していただいたおかげで活気ある毎日です」


「ほう。それは良いことだ。今回も頼むぞ」


「ええ。お忍び御一行様のお世話はこのカイにお任せください」


「はっはっはっはっは!」


豪快に笑うリッカルドの背中に冷ややかな視線を浴びせながらランベールが呟いた。


「やれやれ。勝手にお忍び御一行様になってしまったようだよ」


その横でカディルが苦笑いした。


「さあーて!行ってみよーか!皆の者、水着に着替えてこい!」


リッカルドのはっちゃけた大声におされてお忍び御一行は各部屋に散らばった。

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