等価交換肢
野森ちえこ
あるホスピスにて
今日、ある患者さんがスマホに向かって「
ご存じですか? そう。有名な都市伝説ですね。
自分の身体の一部を犠牲にすることで特定の相手を呪うことができるというサイト。
――
ですがここに勤める人間は、それが都市伝説などではないことを知っています。なぜならここは終末医療施設――いわゆる『ホスピス』ですからね、基本的に患者さんはみなさん死を待つだけです。しかし、それを受けいれている方、あきらめている方、絶望している方――その精神状態はそれぞれです。
ですからね……お教えするんです。等価交換肢のことを。
サイトにアクセスしたら、呪いたい相手とその内容を口にして、表示された対価に納得すれば十二時間後には呪いが実行され対価が奪われる――。
誰だってひとりやふたり、恨んでいる人間がいるでしょう?
どうせ死んでしまうんです。嫌いな人間、恨んでいる人間を道づれにしてはいかがですか? ってご提案するんです。
え? そうですよ。私が教えているんです。なぜ? ふふっ。なぜでしょうね。
ただね。バカバカしいと思うんですよ。呪いたくても、その名のとおり『等価交換』が条件でしょう? 相手の死をのぞめば、自分にも死がおとずれる。相手の顔を焼けば自分の顔も焼かれる。そんなの、ひどいと思いません?
まあ、代行してもらうわけですからね、対価は必要でしょう。ですがその対価が自分の身体の一部だなんて、冗談じゃありません。
ですから、私は使用しません。けれどせっかくのサイトですし、私は
呪いをかけた患者さんですか? ええ、たいていは容態が急変して亡くなられますね。ですがごくまれに、まったく死を恐れていない、むしろ楽しみにしているような方がいらっしゃって――ある患者さんは、記憶を失いましたよ。なにもかも忘れてしまったんです。自分のことも病気のことももちろん呪いのことも。その患者さんに残ったのは、たえがたい痛みだけでした。自分が何者かもわからず、痛い苦しいと延々パニック状態です。さらに、どんな薬もいっさい効かなくなってしまって。あれにはお世話する側である私たちもまいりました。
いつどうやってサイトを知ったのか? さぁ……おぼえてませんね。都市伝説ってそういうものじゃありません? いつどこで聞いたのか、気がついた時には知っていた――。
サイトにたどりつくのはそれほどむずかしいことではありませんよ。ただ、どうやって見分けているのか――調査目的や興味本位では中には入れません。先ほどお話したとおり、私は自分の身体を犠牲にするなんて考えられませんでしたけど、好奇心はありました。ですからね、ちょっとした実験をしてみたんですよ。簡単なことです。誰かに腹を立ててたり傷ついていたりする知り合いに、サイトをつかうように仕向けたんです。
ええ、対価物は本人の価値観によって変わるようですね。たとえば、気にいらない友人が食中毒になるよう呪いをかけた人は、どういうわけか代償として足を捻挫しました。また、ピアニストに両手が一生つかえなくなるよう呪いをかけた歌手は代償に声を失いました。呪いの種類と対価とその結果――こうした例を私はいくつも見てきました。ですから、確信しているんですよ。等価交換肢はまちがいなく本物です。
――ところで……なぜ、わざわざ私が患者さんのお見舞いにいらしたあなたにこんな話をしていると思います? 顔色悪いですよ。大丈夫ですか? ……ええ、そう、今日あのサイトで呪いをかけていたのはあなたの部下だった方ですよ。あなた、ずいぶんあの患者さんに恨まれているみたいですねぇ。ふふっ。
……呪いを解く方法? ええ、いくつか知ってますよ。けれど呪いを解くのも基本的に『等価交換』です。
――どうします? 聞きたいですか?
【完】
等価交換肢 野森ちえこ @nono_chie
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
備忘録 週間日記/野森ちえこ
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 21話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます