開かれた窓。

タッチャン

開かれた窓。

ウチヤマは27年間生きてきて、自身の人生において緊張というものを経験した事が無かった。

小学生の頃は運動会のリレーで花形のアンカーに選ばれた時も悠々とこなし、中学生の時は野球部の抑えのピッチャーを務め、9回裏、ノーアウト、2、3塁に打者を背負ってマウンドに登板した時も、これまた楽々と相手打線を3者連続空振り3振に打ち取り、全国優勝に導いた。

高校と大学生活も同様に涼しい顔をして何事にも恐れず、怯まず、人生を大いに楽しんでいた。


だが彼は今、誰よりも図太い精神力を持ち続けた者とは程遠い存在であった。

額からは冷や汗がひとつ、ふたつと滴り落ちて、体の奥底からガクガク震え、喉は渇ききっていた。

彼の目の前には6人の中年男性が椅子に腰掛け、今すぐにでも噛み殺してやるといわんばかりの殺気を放ち、鋭い目つきで彼を睨み付けていた。

彼はライオンに睨まれたウサギの様であった。


地上50階立ての凄まじく立派なビルの45階の一室、

会議室の中で彼はウサギに生まれ変わっていた。

彼を睨らむ5人の重役達、そして最高責任者が彼のプレゼンを聞くために集まっていたのだ。


彼は自分に言い聞かせていた。

俺はやれる、大丈夫だ。このプレゼンを成功させる為に今まで頑張ってきたんだ。

俺は昔から本番に強かったんだ。どんな些細なミスもするもんか。絶対うまく行く、絶対に。と。

心では強がっていても、体は正直者であった。

彼らに睨まれる度に震えがより一層大きくなるのだ。


秋の優しくて、どこか懐しさを思わせる風が、

開いた窓から会議室に流れ込んでくる。

風は彼らの古くからの友人の様に肩に手を回し、久しぶりの再会を楽しんでいる様でもあり、

最愛の恋人にするように、そっと包み込んで抱きしめていた。

そして重苦しい会議室の中を漂い、不穏な空気を和らげて、開かれた窓から出ていく。


彼の心も少しばかり落ち着きをとり戻していた。

彼は目を見開き、ハツラツとした態度で始める。


「本日はお集まり頂いて有り難うございます。

 私たちが住むこの街をより良くする為に、

 私が考えた案をプレゼンしていきたいと思います。

 まず始めに都心の駅を改装します。

 観光客が驚く様な、毎日使う地元の人もワクワク

 するような物を考えてきました。それが───」


30分後、ウチヤマのプレゼンは幕を閉じた。

ライオンに狩られる事無く、無事に生還した。

彼はウサギからウチヤマに戻れたのだ。

彼の表情はやりきった顔であり、とても満足していた。

話している最中、確かに手応えを感じていたと思っていたのだ。


たが、5人の重役と最高責任者の顔は重く、険しい表情のままだった。

彼の心は又しても不安と緊張感に犯されていた。

最高責任者は重い口を開けた。

「その、なんだ、ウチヤマ君、君は我が社にとって

 素晴らしい人材だと評価してるよ。私の耳にもそ

 れは入っている。だが、申し訳ないが、最初から

 説明してくれないかね?頼むよ。あれなんだ、

 その、君の社会の窓が勢いよく開いていて、君の

 プレゼンに集中出来なかったんだよ。」




彼は額から冷や汗をひとつ、ふたつと滴り落とした。

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開かれた窓。 タッチャン @djp753

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