かたどる
南風野さきは
かたどる
ぼくの家は森のなかにあって、そのひとにとっては宝石箱のようなものだった。
ある時から、そのひとはぼくを飾りつけるようになった。腕にまとわりつく金鎖銀鎖を、遍く宝石をちりばめた首飾りを、絹の長靴下を、鮮やかな紅の口紅を、芳しい香水を、ありあまる装いをぼくに与えては、そのひとは首を傾げたり頷いたりしていた。
燭火にとろけた目をもって、そのひとはぼくを飾り、塗り固めていく。
そのひとがつくりたがっているものを、ぼくも知っている。だから、それがそのようであったように指をつかい、そのようであったように息をして、そのようであったように脚をそろえ、そのようであったように瞬きをした。でも、それのかたちをなぞっているつもりなのだけれど、そのひとが覚えているそれとぼくが覚えているそれとでは何かが違っているらしい。
だけど、それはもういないのだ。ぼくらが知るのは、ぼくらの目にうつった、それの外形だけだ。
暗い森に鎖された家で、薄暮とも暁とも知れぬ燭火のまたたきに溺れながら、そのひとはぼくを見つめてくる。鮮やかで仄暗いまたたきに呑まれているそのひとは、それにとろけることで、途切れない道行きに陶然としているようだった。
ここにあるのは虚飾である。
いくら豪奢に飾りつけたところで、いくらそれの似姿を握り締めたとて、ここにあるものは本物ではない。だけど、そのひとの目が醒めないでいるかぎり、そのひとがそのひとの眼にとりこまれているかぎり、ぼくという装飾は本物なのだ。
だが、そのひとのことをほんとうに想っているのならば、ぼくはこう問いかけてあげるべきなのだろう。
「虚飾と成り果てる覚悟が、あなたにはおありですか」
かたどる 南風野さきは @sakihahaeno
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