聞くなバカ!
昼休みが過ぎて、午後の授業も終わって、放課後。いつもならさっさと帰るところだけど、今日は事情が違う。僕はまたしても、カカオに捕まってしまっていたのだ。
誰かに聞かれないよう、僕らはグラウンドの端で話をする。話はもちろん、カカオにチョコをくれたのが誰かというもの。
「……と言うか、まだ探す気なの?」
「当たり前だろ。と言っても、ここまでくればもう後は簡単だけどな。明治も森永も違ったから、今朝ホームズよりも先に来ていた女子は、あとは
カカオはそう言って笑みを浮かべたけど、僕は首を横にふる。
「言っておくけど推理小説では、消去法で残った人が犯人なんてことは、まずあり得ないから」
「そうなのか?いや、でもこれは小説じゃなくて現実だし。やっぱり御出歯なんじゃねーの?」
「だから違うって言ってるでしょ。ハッキリ言おう、君にチョコをくれたのは、御出歯さんじゃない!」
「ええっ⁉」
ビックリして、目を見開くカカオ。だけど納得がいかないのか、怪訝そうな目をしながら聞いてくる。
「でもよう、御出歯でもないなら、いったい誰なんだ?そもそもなんで、そう断言できるんだよ?」
「なぜかって?そりゃあもちろん、僕には真相が分かっているからだよ」
「…………へ?」
僕の言葉が信じられないのか、ポカンと口を開けるカカオ。だけどすぐに、ハッとしたように我にかえった。
「ちょっ、ちょっと待て。分かってるって、いったいいつから?」
「最初からだよ。そもそも僕にとって今回の事は、謎でも何でもなかったんだよね」
「はあっ!?ま、待て。だったらどうして教えてくれなかったんだ?」
「少しは考えさせた方がいいと思って。だいたい、もうヒントはたくさん出てるんだから。なのにまだ分からないの?」
呆れてため息が出るよ。
これにはカカオも少しムッとしたようで、答えを尋ねるではなく自分で考えようとする。
「ええと、まずチョコは朝俺が来る前に机に入っていたから、くれたのはそれより早く登校してきた女子の誰か。ホームズはずっと俺の机の様子を見てて、その間近づいた奴はいない。ホームズよりも先に来ていた女子は明治、森永、御出歯だけど、三人とも違う。とりあえずここまでは有ってるか?」
「うん、正解。だけどたぶんまだ、大事なことに気づいていない」
「大事なこと……あっ、もしかしてチョコを机に入れたのは今朝じゃなくて、昨日の放課後とか?」
大発見と言わんばかりに声をあげるカカオ。だけど僕は、静かに首を横にふった。
確かにカカオの言ったの状況だけを見るとあり得ない話じゃないけど、生憎その推理は的外れなんだよね。
「話はもっと単純だよ。あの手作りチョコは昨日の放課後に作られて、机に入れたのは今朝君が来る前。もちろん、実は男子からの贈り物というオチもないから」
「最後のには少し安心したよ。だけどそうなると……どういう事だ?さっぱりわかんねえ」
……まったく、いい加減わざと惚けているのかとすら思えてくる。
仕方がない、本当は黙っておこうかとも考えたけど、見ていてだんだんとイライラしてきた。こうなったら教えてあげようじゃないか、真相を。
「カカオ、まさかとは思うけど、君は一つ大切なことを忘れてないかい?」
「大切なこと?なんだよそれ」
「君は……ここまで言ってもまだ分からないなんて……僕も女の子だってことだよ!」
「…………へ?」
呆けた顔をするカカオ。
彼とは三年生の時から同じクラスで、水泳の授業の時に着替える場所も違えば、一緒にトイレに行ったことも、当然一度だって無い。同じクラスになって最初の頃、僕に『男みたいなやつ』なんて言ってきたりもしてたし、さすがに本当に性別を忘れていたわけではないだろうけど……
それにしたってこの反応。やはり彼の中では、僕が女子であるという認識が薄いみたいだ。コイツめ―!
怒りで眉を吊り上げていると、カカオは慌てたように口を開く。
「待て待て、覚えてるって!ホームズ、スカートなんて履かないし、自分の事を『僕』なんて言うけど、ちゃんと女子だもんな」
「分かっているじゃないか。それなのになんで、僕を容疑者(?)に加えもしなかったのさ!」
ああ、考えただけでも腹が立つ。今までたくさん、気づいてくれるよう誘導してきたと言うのに。
僕はカカオの机に近づいた人を見ていないと言った。
それもそのはず。机に近づいてチョコを入れたのは僕自身なのだから、自分で自分の事は見えないよね。だけど考えてみて欲しい、本を広げていたはずの僕が、どうしてカカオの机をじっと見ていたのか。まあ絶対にないとは思ったけど、もしかしたら僕以外にも同じように、誰かがカカオの机にチョコを入れるのではないかと思って、気になっていたからだ。
それにイチゴチョコ。僕はカカオがイチゴチョコを好きだって知っている、おそらく唯一の女子である。好物だって分かっていたから昨日学校が終わった後、イチゴチョコとクッキーを買って家に帰って、慣れないお菓子作りに四苦八苦しながら、イチゴチョコが掛かったクッキーを作ったのだ。カカオが喜んでくれることを願って。
それなのに何だよ!一番仲が良い女子は明治さんだとか言い出すし。どう考えてたって僕じゃないか!否モテ男の君と毎日話をする女子なんて、僕くらいのものだろうが!
まあ僕の場合は男女問わず、話をするクラスメイトがほとんどいないんだけどね。口が悪くて不愛想だって自覚はある。面白い事が言えるわけでもないし、休み時間は本ばかり読んでて、僕から誰かに話しかける事なんてまず無い、つまらない奴だ。そんな僕の事を放っておくこと無く声をかけてくれる友達なんて、カカオくらいのものだよ。コイツはバカだけど、意外と良い所もあるんだよね……
だから今日、感謝の気持ちを込めてチョコを贈ったんだ。
ガラにもなく苦手なお菓子作りをして。だけどいざ渡す時の事を考えたら恥ずかしくなったから、いつもより早く登校してこっそり机の中にチョコを忍ばせた。
やっぱり恥ずかしいから、名前は書けなかったけど、『これって、もしかしたらホームズからか?』なんて思ってくれたら嬉しいな、なんて考えてた。しかし……しかしだ!
机の中に入っていたチョコを確認したカカオが僕の元に来た時は、僕からのチョコだって気づいたのだと思ってドキドキしたのに、口を開いて出てきた言葉が『知恵を貸してくれ』だ。
その瞬間悟ってしまったよ。ああ、コイツは僕があげただなんて、微塵も考えていない。最初から候補から除外しているって。
いくら何でもそれはあんまりじゃないの?僕だって……僕だって女の子なのに!
その後は不毛な贈り主探しに付き合う羽目になって。だけどいくらヒントを出しても、一緒にいても、カカオは送り主が僕だって、全く気づいてくれなくて。腹が立ったからいつもよりも毒舌に磨きがかかって、今日は沢山イジワルな事を言ってた気がする。僕らはバレンタインに、いったい何をやっているんだ?
結局、ハッキリ答えを言うまで、カカオは僕が贈ったと言う可能性を、微塵も考えてはくれなかった。怨みのこもった目を向ける僕を、カカオは依然ポカンとした顔で見つめ返している。
「え、ええと。それじゃあこのチョコ、ホームズがくれたのか?」
ランドセルからチョコの入った包みを取り出して、確認してくるカカオ。
「そうだよ。ようやく理解してくれた?」
「イチゴチョコのかかったクッキー、お前が作ってくれたのか?調理実習ではいつもやらかすホームズが?」
「苦労したよ。何枚か失敗したけど、味見もしたから美味しくないなんてことは無いと思うよ。特別美味しい訳でもないけど。数は減っちゃったけど、頑張って作ったんだからね」
「それは……ありがとう……」
ようやく全てを理解してくれた様子のカカオ。
まったく。君が鈍いせいで、最初は黙っていようって思っていたのに、結局全部言ってしまったじゃないか。
こんな事なら、最初から直接渡すなり名前を書いておくなりしておけばよかった。そうしておけば今日一日くれた人探しと探しをすることも無かっただろうに。これはそこまで推理が及ばなかった、僕の失態だろうか?まさかカカオが、こんなにも鈍くてポンコツだとは思わなかったよ。予想の遥か上をいかれたね。
「君の鈍さには、呆れて物も言えないよ。今日はあんなに一緒にいたって言うのに、僕があげたって、少しも考えなかったんだから」
「だ、だってよう。まさか一緒になって探してくれてるホームズが贈り主だって、まさか思わないだろ」
「まずは身近にいる人を真っ先に疑え。推理小説の基本だよ」
チョコの材料の値段を瞬時に言ったり、作った人が味見をしたなど、本人しか知らないような事も何度か言っていたんだけどな。
もし僕が推理小説を書く事があったら、もっと分かり易いヒントを出した方が良いのかもしれない。
「それじゃあせっかく作ったんだから。そのチョコちゃんと食べてよね」
それだけ言うとカカオに背中を向けて歩き出す。今日はもうさっさと帰って寝よう。昨夜はドキドキしてなかなか寝付けなかったから、寝不足なんだ。しかしここで、カカオが呼び止めてくる。
「あ、あのさあ」
「なに?」
動かしていた足を止めて振り返る。まさかとは思うけど、まだ何か納得いかない事があるとか言わないよね?
「このチョコくれたの、本当にホームズなんだよな?」
「さっきもそう言ったじゃない」
「ああ、そうだよな。と言う事はお前、その……お、俺の事。す、す……好きなのか……いてっ⁉」
ほんのりと頬を染めて、たどたどしい口調で聞いてくるカカオの脳天に、もっと赤い顔をしているであろう僕のチョップが炸裂した。
「聞くなバカ!」
完
僕らの謎解きバレンタイン 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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