デリカシーだよ、デリカシー!

 ホームルームがあって、授業を受けて。昼休みになって、普段の僕なら図書室に行って本を借りるところだけれど、今日は事情が違う。カカオに連れられて、何故か理科室へとやってきていたのだ。


「どうしたのさ、こんな所に連れてきて?」


 理科室の中にいるのは僕たち二人だけ。理科の先生も昼休みの間は、席を外していることがほとんどだ。そしてこんな寂しい所に連れてきた張本人、カカオは、申し訳なさそうに両手を合わせてくる。


「悪い。けどやっぱり、お前の助けがいるんだよ。チョコをくれた奴が誰なのか、まだ分かっていないんだ」

「……まだ探してたの?」


 今朝は、相手なんて誰でもいいとか言っていたけど、どうやら依然気になっていたようだ。きっと午前中は授業も聞かずに、チョコをくれたのは誰なのか、考えていたんだろうなあ。


「で、わざわざこんな所に連れてきたのはどうして?」


 話なら教室でもできると言うのに。するとカカオは、今朝貰ったチョコの包みを出してくる。


「思ったんだけどさ。コイツの中を詳しく調べたら、何か手掛かりがあるんじゃないかと思ってよ。教室じゃあ大っぴらにお菓子の袋を開けるわけにはいかないだろ」


 確かに。いくらバレンタインとは言え、学校でお菓子を食べるのは禁止されている。今回は中を調べるだけで食べる気は無いのだろうけど、それでも先生に見つかったら誤解を招くかもしれない。人目を避けて理科室にやってきたのはこのためか。


「それで、また僕に手伝ってほしいって言いたいの?」

「ああ。もし何か手掛かりがあったとしても、俺じゃあそれが手掛かりだって気づかないかもしれないからな」

「自分で言ってりゃ世話無いね。分かったよ、ちゃんと知恵は貸すから、とりあえず開けてみれば」

「よし来た!」


 リボンを解いて、包みを丁寧にはがしていくカカオ。普段ならこんな包み、ビリビリに破いて開けるような奴だけど、せっかく貰った大事なチョコの入った包みだ。きっと大事に取っておきたいのだろう。

 そうして包みの中から出てきたのは、透明のポリ袋。そしてその中には数枚、イチゴチョコのかかったクッキーが入っていた。手作りの、ね。


「おおーっ、これって手作りじゃねーか!」

「手作りだね、どう見ても」

「よっしゃー!俺、女子の手作りなんて初めて貰ったよ。こいつはどんなゲームソフトよりも価値があるぞ!」

「そこでゲームを引き合いに出すのはどうかと思うよ。ちなみにこのクッキーもチョコも、安い店なら百円もしない品だね。イチゴチョコをとかしてクッキーに塗っただけの簡単な作り。しかも味見したから数枚は減っている。原価は200円ってとこかな。本当にゲームよりも価値あると思う?」

「ホームズ、お前なあ。少しくらい喜ばせておいてくれよ。とにかくこれは、価値のある物なんだ!しかもかかっているチョコが、俺の好きなイチゴチョコだぜ。帰ってから食べるのが楽しみだ」


 原価200円のお菓子を、幸せそうに抱えるカカオ。どうやらこの様子だと、さっき自分が言ったヒントに気づいていないみたいだ。


「カカオ、今君は大事なことを見落としたよ。このクッキーにかかっているのはイチゴチョコ、君の大好きなイチゴチョコだ。これが一体どういうことか分かる?」

「えっ?ええと、チョコをくれた誰かが、俺が好きなイチゴチョコをわざわざ選んでくれたって事……か?」


 僕の様子を窺いながら、考えを述べていくカカオ。だけどそんなに心配しなくていい、僕が言いたかったのはまさにそれなのだから。ただ生憎、その先までは考えが及ばなかったようだ。


「いいかいカカオ。君がイチゴチョコを好きだって知ってる女子って、どれくらいいると思う?」

「どれくらいって、そりゃ……」


 カカオは考えて、硬直する。カカオがイチゴチョコを好きだって知っているのは、女子ではそんなにいないんじゃないかと、僕は思う

 カカオがお店でチョコを買う時は、たいていの場合イチゴチョコ。だけど一緒に遊ぶことの多い僕はその事を知ってるけど、多分クラス全体を見ると、知らない方が多数派だろう。


「待て待て。つまりお前は、俺がイチゴチョコを好きだって知ってるやつの中に、このチョコをくれた奴がいるって言いたいのか?」

「そうなるね。誰か心当たりはないの?君の好みを知っている女の子だよ」

「う~ん、そうだなあ……あっ、もしかして!」


 閃いたように、ポンと手を叩くカカオ。そして。


「もしかしたら森永かも。アイツ、今朝お前よりも早く教室に来ていた中の一人だし、こりゃあ間違いないな」


 自信満々に頷くカカオ。だけど僕はそんな彼を、訝しげな目で見る。


「森永さんが、カカオのお菓子の好みを知ってるの?そんなに森永さんとそんな仲良かったっけ?」

「そうでもないけどよ、アイツの家は駄菓子屋だからな。俺、よくそこでお菓子買ってるんだよ。で、俺がいつもイチゴチョコを買ってるから、好みがわかったって事じゃないのか?」

「そうかなあ?森永さんって、よく店番とかしてるの?」

「いや、店番してるところなんて、一回も見た事が無い。店にいるのは決まって、アイツのお母さんだ」

「……森永さんが店番してないのなら、君が何をよく買うかなんてわからないんじゃないの?」


 当然の指摘をする。するとカカオも分かってくれたようで、腕を組んで考える。


「そう言えばそうだな。いや、でもお母さんから、俺はよくイチゴチョコを買ってるって聞いたのかもしれないしなあ……」


 頭を捻って考えるカカオ。だけどすぐにお手上げだと言わんばかりに、ボリボリと頭を掻く。


「ええい、面倒だ。森永に直接聞いてみよう」

「えっ?聞くって、本人に?」

「ああ、このまま悩んでいても仕方が無いだろ。森永は教室にいるかな?ちょっくら行ってくる」


 カカオはチョコクッキーを元のラッピングで包むと、一目散に理科室を飛び出して行った。僕は何となく嫌な予感がしたから、今朝の明治さんの時とは違って後を追う事にした。

 そうしてやってきた教室。カカオはその扉を開けるなり、教室にいた全員が聞こえるであろう大きな声で言った。


「森永―!俺に本命の手作りチョコをくれたのはお前か―⁉」




                ◇◆◇◆◇◆◇◆




 理科室を飛び出して言ってからまだあまり時間は経っていないけど、僕とカカオは再びここまで戻ってきていた。理由は簡単、教室に残っていたらカカオが大変なことになるから。

 僕の横を歩くカカオの顔には、先ほど話に上っていたイチゴチョコと同じピンク色の、綺麗な手形がくっきりと残っていた。


「カカオ、一つ言っておく。森永さんは君に、チョコをくれた人じゃないよ」

「そんな事は分かってる!でなきゃこんな思いっきり、ぶったりしねーもん!くそー、森永のやつ。なにもいきなり、ビンタしてくることは無いじゃないか!」


 いや、普通するでしょ。

 あろうことかクラスにいた全員に聞こえるくらいの大声で、『本命の手作りチョコをくれたのはお前か』と叫んだカカオ。当然皆はカカオと、森永さんに注目した。


『えっ、そうなの?森永さん、池面くんのことが好きなんじゃなかったの?』

『チョコをあげたの?しかも手作りの⁉』

『そうかあ、森永さんが好きなのは、カカオ君だったのかあ』


 皆いっせいにはやし立てた。しかし当の森永さんは、顔を真っ赤にしながらカカオに近づいてきて、思いっきり引っ叩いたのだった。それはも力いっぱい、バチーンとね。


 だけどカカオには悪いけど、僕は森永さんに同情するよ。だって森永さんにしてみたら、好きでもないカカオにチョコを送ったなんて事にされそうになったのだから。

 今回はすぐに引っ叩いたから、みんな誤解だって分かってくれたけど、もし勘違いされたままだったらって思うと、目も当てられない。


「森永さんが怒るのも当然だよ。森永さんが冷やかされたり、からかわれたりしないかって、少しも考えなかったの?結局送り主は森永さんじゃなかったわけだし、もしも周りに誤解されたら、どう責任を取ってたのさ?」

「それは……」

「幸い皆、カカオのアホな勘違いだって分かってくれたから良いけど。森永さんもビンタして正解だったよ。アレならさすがに、勘違いする人なんていないだろうし」

「俺は凄く痛かったけどな。しかもその後女子が徒党を組んで、色々言ってくるしよ」


 ああ、確かにあれは、見るに堪えないものだった。誤解をま逃れたものの、森永さんはメチャクチャ怒ってて、他の女子を味方につけて。まるでカカオを犯罪者として裁きそうな勢いだったなあ……


『えっ、嘘だったの?アンタ最低ね!』

『森永さんが可哀想でしょ!あんまり虐めると、先生に言いつけるよ!』

『カカオ……コロス!』


 まあこんな感じだった。そしてこのままじゃカカオの身が危ないと思った僕は、彼を引っ張ってこうして理科室まで戻ってきたと言うわけだ。しかし……


「君がバッシングを受けたのだって、自業自得だからね。アレじゃあ森永さんが可哀想だ。カカオはもっと、デリカシーを持った方が良いと思うよ。女の子って言うのは、デリケートなんだからね」

「デリケート……かあ?むしろさっきので、女子ってパワフルで怖いって言う印象を受けて……いてっ⁉」


 失礼な事を言うカカオの脳天に、僕のチョップが炸裂した。どうやらコイツは、全然凝りていないみたいだ。


「そう言うところをどうにかしろって言ってるの!いいかい、デリカシーだよ、デリカシー!」

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