エピローグ:悲しい別れは良き出会い

 まずはジダの森のサイクロプスの異常行動の原因とその顛末について――とはいっても、これについて詳しく説明するとそのほとんどは「あの教団」のことについての話になってしまうので、マルカは頭を悩ませた。


 まず彼らの異常行動は「感情」と「人の一般的な記憶」を手に入れたことが原因だが、それをどうやって手に入れたかというとあのカルトの残党が『種』の受信機をサイクロプスに埋め込んだからである。


 植え付けた人間の感情を吸い上げてしまう、一般的に呼ばれる『魔女病』の原因である『種』についてマルカは知っていたけれど、しかし一般には情報統制されている事柄だということも知っていた。


 ――――マルカ調査報告書から顔を上げてペンを投げ出した。コーヒーに口を付けて、カップの中が空っぽだったことに気付いて席を立つ。これでコーヒーは四杯目、しかし文字は一文字も記せていなかった。


 どこまで書けばよいのか分からなかったからだ。『種』とか『カルト』とかそういった情報を全て記せばいいのだろうか?

 しかしこの調査報告をチェックする人間がそれらのことを知らなかった場合、マルカは秘匿義務のある情報を漏えいさせてしまったことになる。

 じゃあ「どうしてだかわからないけれどサイクロプスが感情を持っていて――」とか適当に誤魔化せばいいのだろうか。いやしかし、それは不味いだろう、どう考えても。


 ただ一つ言えることは、あのサイクロプスは人間の言葉を理解するようになった。感情を持って自らの情緒を素に行動を起こすようになった。

 危険な存在でなくなった――とは断言できない。マルカ達が帰った後、やはり同胞を殺した人間に対しての怒りが沸いてきた可能性もある。

 だけれど、友好の道は存在している。

 彼らと会話を交わし友好を結ぶことの出来る可能性は残っている。


 この思考も、もう七回目だった。いやもっとかもしれない。

 まあとにかくマルカは調査報告書が一向に進まないのだった。


「……ムスティフさんに任せちゃおうかな」


 そもそもマルカには、この調査報告書というものに不慣れだった。マルカはフリーの調査人だ。公的な依頼を受けることなんてほぼないし、だから畏まった規則とかいろいろあるこう言った形式の調査報告書の書き方というのがあまりよく分かっていなかった。


 ふうと息を吐いて、自分の額に手を当てて、ずきりと痛んで反射的に手を離した。

 モーランに譲ってもらった薬草を使ったら見る見るうちに回復をしていったけれど、それでもまだ包帯は外れなかった。傷は絶対にも凝ってしまうだろう。


 マルカは放り出したペンを今度は拾い上げることはなく、立ち上がって上着を羽織ると、本の雑多に積まれた部屋のドアノブを捻った。


「あ、マルカさんおはようございますー」


 受付嬢がマルカの姿を認めると、テーブルを拭いていた手を止めて挨拶をしてくれる。マルカも彼女の傍に寄って「おはようございます、シンビジウムさん」と最近知った彼女の名前を呼んだ。


「マルカさん、今日徹夜だったんですかー?」

「あら、ばれちゃいました?」

「くまが浮かんでますねー。例の調査報告ですか?」

「そうなんですよね……。慣れない作業ですので、どうしても時間がかかってしまって……」


 ふわあと、マルカの口から欠伸がこぼれる。「うふふ、大きな欠伸ですね」とシンビジウムはそれを見てはにかんで、マルカは恥ずかしくて目を伏せた。


「もう少し横になってはどうですかー? あ、それともこの後用事でも?」

「はい。今日でキャラバンがこの街を離れてしまうので、見送りをと思いまして」

「ああ、ああそう言えば! あそこの人たち、いい人ですよねー。わたしもこの前買い物に行ってみたんですけれど、なんだからいろいろとおまけしてもらっちゃって――」


 街並みはいつもと変わらなかった。当たり前だ、いつもと変わらないのだから。

 いつもと変わらない人混みにうんざりしながら、人気のない裏道を通って石畳の広場に進路をとる。


 ほどなくして、テントを撤収している最中のキャラバン隊が見えてきた。広場の奥にはサイクロプスさえも乗せて走れる大狼が三匹、退屈そうにして寝そべっていた。

 キャラバンの隊員たちは慌ただしそうに、大狼用の大きな馬車に木箱や袋を積み込んでいた。


「……よお、マルカか」


 遠巻きに彼らの様子を眺めていたムスティフがマルカの姿に気付いて、片手を挙げながら近づいてきた。


「ムスティフさん。お久しぶりです」

「そんなに間は空いてない気がするが……まあ気持ち的には、かなり久しぶりだな」

 

 ムスティフは力なく笑った。彼はあの一件以来いろいろと思い詰めてしまったと聞いていた。ククルを傷つけてしまったことは勿論だが、害獣を殺すことを生業とするムスティフには意思を基に行動するあのサイクロプスたちの姿は衝撃的だったらしい。


 死んだ同胞を見て泣き叫び、殺した相手に対して剥き出しの怒りと悲しみをぶつけてくる彼らの姿は、ムスティフが今まで築きあげてきた「特殊調査人としての信条」とか「サイクロプスを相手取るうえでの心構え」だとか――要するに怪物を殺すことに対して罪悪感を感じてしまっているらしかった。


「ムスティフさん。あれは、特殊な例ですよ。みんなが彼らのように心を持っていた訳ではないですよ」

「…………ああ、それは分かってるんだけどよ。でも言葉や心が通じないだけで同じ様なやつらがいたんじゃないかとか思ってな」

「……それは、確かにそうかもしれませんが」


 サイクロプスは暴力を振るうための肉体を得た殺人衝動である。その行動に知性は感じられないが、しかし彼らにもともとなんの意思もないとは、マルカは思わない。

 獣、鳥、魚――彼らは基本的に生きることしかしない。その種族の性質にしたがって食事や排せつや交尾などの生きるための行動を繰り返す。その行動は一件機械的で役割を順守しているように見えるが、それでも彼らには意思がある。

 マルカは、サイクロプスも生き物である以上はそれと同じだと考えているのだ。


「それにお前から魔女の話を聞いてな。……それが本当なら、害獣たちには何の罪もないじゃねえかって思ってな」

「ムスティフさん…………」

「あいつらを生み出したのが魔女で、その魔女が誕生した切っ掛けも、そもそも人間の自然に対する殺害が原因なんだろ?」


 マルカはあの後、魔女と接触したことを失神していたククル意外の皆に話していた。そこでどんなことを言われたのかも、勿論だ。


「それはあなたが気に病むことじゃないと思うけれどね。少なくともそれはあなたの個人罪じゃない、しいて言えば人類全体の悪だわ。それに、リザードマンはその中でも自然との友好に重きを置いてきた種だし」


 二人に声をかけたのはモーランだった。隣では一足先にキャラバンの元へと向かったククルがモーランの手を握っている。


「あっ、モーランさん。撤収のお手伝いはいいんですか?」

「あたしの役割は終わったわ。力仕事は男どもの仕事だから」


 鉄糸草にやらせるのはダメなのかな、と腰のポーチを見ていたマルカの視線に気づいたモーランが「彼らは雑用は嫌いなのよ」と肩をすくめた。


「だから、モーランさんと一緒にお出かけしてたの」

「ちょっと借りてたわよ。あと傷口の具合も確かめたわ。マルカと違って綺麗な傷だったから、もうすっかり塞がってるわ。勿論、まだ元通りとはいかないけれど」


 ありがとうございます、とマルカは頭を下げる。「いいのよそれくらい」と、モーランは薄く笑って顔を上げるように促した。


 あの日モーランがマルカ達と一緒にキヅの森に同行した理由は、森の異変を察知してその正体を突き止める為だったらしい。本人曰く、「この街に来る前にキヅの森の近くを通った時、やたらと植物たちがうるさかったのよ。それで調べたらあそこは森の魔女の墓場だっていうじゃない。何かあると思って、それを見たかったの」。


 それは他の植物人たちも感じたことだったらしく、おそらくカルトの男という侵入者を受けて森が動揺してしていたのだろうとマルカは結論付けた。


「マルカさんはお仕事終わった?」

「……途中でほったらかしで来ちゃいました。まあそれは後で考えますよ」

「ふーん」


 言いながらククルは、サイドでくくった髪の毛を彩る花の髪飾りをわざとらしくいじった。マルカの部屋を出る時には付けていなかったものだ。マルカは笑みをこぼしながら、「それはどうしたんですか?」とククルに尋ねた。


「これはね、モーランさんに作ってもらったの。本当のお花を使ってるんだよ」

「あっ、これ生花ですか。凄いですね、可愛いです。ムスティフさんもそう思いますよね?」

「あ、ああ……。綺麗だと、思うぞ」

「やった」


 ククルは唇を薄く引き伸ばした。相変わらずの不器用な笑い方だけれど、マルカと出会ったころとは見違えるほどだった。


「ククル、他のキャラバンのみんなに挨拶してきたら?」

「うん、そうする。お花も自慢してくる」


 ククルは大きく頷くと、忙しなく動くキャラバン隊の元へと駆けて行った。キャラバン隊の面々も、ククルの姿を認めるとわざわざ作業の手を止めて応対してくれる。やっぱりいい人たちだな、とマルカは何度目か分からない感想を彼らに抱いた。


「ねえムスティフ。マルカの言うようにこれ、生花なの」


 モーランはムスティフの目をじっと見つめた。ムスティフは彼女の言葉の意図を測りあぐねて、「あ、ああ……それが?」と首を傾げた。


「生の花よ。生きてた花なの。でもこれに対して咎める人はいないわ――咎める植物も居ない。この花自身に摘み取っていいかって聞いたのよ。……ねえムスティフ、ムスティフはどうして許可をしてくれたと思う?」

「……花粉を散らせるからだろ? そうやって身に付けてもらえば様々な場所に花粉を負けるからだ」

「…………あら、つまらないのね。その通り、その通りよ。花粉を遠くまで広げるため」


 モーランは心底つまらなそうに、眉をひそめた。すぐに「だけど」と続ける。


「だけど、それでもこの花は死んでしまうことになる。その種にとっては益に繋がるかもしれないけど、この花は死んでしまうわ。それでも許可してくれたのは……どうしてかしらね?」


 モーランの問いかけに対し、ムスティフは酷く難しい顔をした。その表情を見て満足できたのか、彼の答えを待つまでもなく口を再び開いた。


「それはあたしにも分からないわ――いろいろ推測は出来るけれど正確なことは分からない。『個』の意識が薄くて『種』のことを優先的に考える、植物にはそういう集合意識的なところがあるからだと思うけれど、それでも正確なことは分からない。だけどね、ただ一つ言えるのは、これは自然を破壊している訳ではないということよ」


 どこかの誰かが怒りだすようなことじゃない――ということよ。

 モーランは魔女という言葉をはぐらかす。


「少なくともこれは、個を殺しているけれど種を生かしている。正しいことって断言するつもりはないけれど、少なくとも彼らにとっては有益なことなのよ。正しい殺しだってある」

「サイクロプスを殺すのがそうだって言いたいのか?」

「そうじゃないわ。それも、やっぱりあたしにはわからない。でも、あたしが言いたかったのは少なくともそういうこともある、ということよ」


「……確かに『そうやって作られた』サイクロプスには罪はないかもしれませんが」モーランの言葉を引き継いで、マルカは言った。「でも、害獣と呼ばれる魔女のしもべたちは、既存の生態系や進化の過程を無視して生まれてきた存在です」


 キヅの森のサイクロプスは人間以外には温厚だけれど、それでも生物である以上は動植物を糧としなければならない。彼らの巨体ではその量も馬鹿にならないだろうし、その上強靭な彼らは生態系の上位に位置している。


「サイクロプスを初めとする害獣が生まれていなければ、あの森の生態系がまた変わった姿を見せていたのは確実でしょう」


 そもそもあの森は魔女に由来するものですけどね、とマルカは付け加えた。


「害獣の中には自然の営みを活発にさせる存在や人と友好関係を結べるものもいます。本当に希少ですけれどね。でも有益かとか友好関係を結べるかとかに関わらず、その存在を排除するべきだという考えはありますし、わたしはそれも間違っていないと思います」

「……結局なにが言いたいんだ? 二人して分からないとか間違ってはないい、とか…………」

「そのまんまですよ、正解は無いんです。他の生命をどう捉えてどう関わっていくか、なんてことに正解は無いんです。だから自分で考えて結論を出して、その行動に責任を取っていくことしかできないんですよ」


 自然とは、世界とは、そういうものなのだ。

 人に世界は変えられない。多少の影響を及ぼすことは出来るだろうが、世界を変えることなんて決してできない。そして決してしてはいけないのだ。

 世界は循環して、廻転して、サイクルを続けている。その世界には当然人間も含まれている。あくまで内側の一要素でしかない人間が、まるで世界の命運を握っているような顔をして、すべてを見ている神のようだと錯覚してどうこうしようだなんておこがましいにもほどがある。


 だから、関わる。

 あくまで関わる、なのだ。

 他の動物と、植物と、妖精と、霊と、神と。

 生物や非生物や現象や概念や神格やらと、関わるだけ。


「…………なんだそりゃ、結局なんの答えも出てねえじゃねえか」

「だから、それでいいんですよ。自分の思うことをすればいいんですって」

「…………ああ」


 ムスティフは、頷いた。よく言えば律儀で責任感のある、悪く言えば自分を追いつめて必要以上に責任を感じてしまう彼のことだから、マルカ達の言葉をそのまま受け入れたかどうかは分からない。しかし、少なくとも彼はその言葉を聞いた。その通りにするかどうかは本人次第だ。


「まあでも、俺もこんなこと――こんなことって言っていいか分かんねえけど、迷ってる場合じゃねえんだよな」

「というと?」

「この前のカルトの男が、自分が拠点にしてた隠れ支部の場所を吐いた。近いうちに俺を含めた調査隊で調査に向かう

「そういえば仲間に裏切られたって言ってたわね。そいつはまだそこにいるのかしら?」

「分からねえ、だが他の隠れ支部に繋がる何らかの痕跡はあるだろう……。それにもしかしたら『あれ』もあるかも―――」


 ――ぱあん。


 突如聞こえたその炸裂音に、三人は反射的に音源へと身体を向ける。ムスティフは腰を低くして両手を顔の前に構えた。

 だけれどそれは襲撃なんかでは、もちろんなくて。


「マルカさん! 見てあれ!!」


 マルカの傍に駆け寄ってきたククルが空を指さした。だけれどマルカ達はククルが指さす前からそれを見ていて、ククルもそれを知っていたけれど興奮を抑えきれなかったのだ。

 それは花火、というには余りにもお粗末なものだった。良くて煙玉だ。色の付いた煙玉。


「街中じゃあこれが限界でねえ」


 恥ずかしそうに、しかし誇らしそうに、いつしかすぐ傍に立っていたマウエルが、鼻の下を擦っていた。その間もぱんぱんぱんと煙玉は次々と打ちあがる。「ボクたちが量産に手伝ったのだ!」とマルエルの肩に乗ったナルリオウスが胸を張っていた。


「ナルたちが作ったの?」

「ああそうだ!」


 ナルリオウスが大狼を指さした。いつの間にかその上では黒い影がちょこまかと動き回っていた。目を凝らして見てみれば、迷惑そうに顔をしかめている大狼とパチンコを空に向かって構えているジダを初めとする『石畳に走る影族』の面々が見えた。


「ククル、良ければお前に作り方を教えてやってもいいぞ!」

「ほんと?」

「おいおい、お前に教えたのは俺だろう。それに器用なお前らだからこそすぐに作れるようになったんだ、ククルちゃんにはちょっと難しいかもしれないなあ」


 マルエルの言葉に、マルカは頬を膨らませて両手をぶんぶんとふるった。「そんなことない」という抗議の身ぶりだった。


「あれを打ち上げてるのはケット・シーたちですか?」

「ああ。俺がやるつもりだったんだけど、あいつらがやりたいやりたいって言い出してさ」

「ナルリオスさんは手伝わなくてもいいんですか?」

「そのつもりだったんだが、他のやつらが手伝わせてくれなかった」


「おいおいおい、何だその花火は!!」

「そんなんじゃ煙たいだけでちっとも盛り上がらねえぞ!」


 キャラバン隊の何人かが、マウエルに向かってはやし立てるように言った。しかし彼らの表情は、言葉とは裏腹に楽しそうに破顔していた。


「そうだぞネコども! そんなちまちま撃ってるんじゃすぐに煙は晴れちまう!」

「もっとたくさん、どんど撃てよ!」


 そして男たちは、片付けていたはずの荷物からジョッキと酒樽を取り出し始める。キャラバンの女性陣はそれを咎めるけれど酒盛りを始める男たちを羨ましそうに見て、次第に空気に飲まれ始めて自分たちもジョッキを用意し始めた。


「……おいおい、こんなことしてる場合じゃないぞ! モーラン、俺たちも行くぞ!!」

「嫌」

「どうして!?」

「あたしはククルと一緒に居るから」

「そうか! 俺は酒の方が大事だ! また後で!!」


 そう言い残して、マルエルは途中つまずきそうになりながら、喧騒とアルコールの中に飛び込んで行った。マルカと苦笑い、マウエルの肩から降りたナルリオウスとムスティフは呆れたようにその背中を見つめ、モーランはわざとらしい大きなため息を吐いた。ククルだけが楽しそうに目を細めていた。


「まあでも、せっかくこういう騒ぎになったんだから、外野を決め込むってのも野暮よね」

「ボクは騒がしいのは好きだがうるさいのは嫌いだ。同胞も同じことを言うだろう」

「それは俺も同感だ」

「ククルお酒飲めないよ?」

「じゃあ、わたしたちはわたしたちで、のんびりと楽しみましょう?」


 マルカ達はテーブルをいくつか拝借して、煙玉を打ち上げ終わった『石畳みに走る影族』と共にジョッキを手に取った。


「キャラバンのみんなが帰ったら、凄い寂しいな……」

「それはあたしも一緒よ。キャラバンの商人として旅をするうえで一番辛いのはそこね。マルカもその気持ちは分かるでしょ?」

「はい。旅は多くの出会いがありますが、それは同時に別れも多いということです」

「別れは寂しいもんだ、いつだって例外なくな。だけどマルカ言うように、別れもあれば新たな出会いもある。悪い所ばかりを見るのはもったいねえ」

「過去の別れを新たな出会いで代用することはできない。だがそれでいいのだ。それが掛け替えのないということなのだ」

「一つだけ確実に言えることは、今この瞬間は楽しいってことかしら。みんなもそうでしょう。なら、それでいい――あたしはそう思うようにしてるわ」

「違いねえ」

「その通りです」


 悲しい別れは良き出会いの証拠。

 そしていつかまた会える日まで――乾杯。


 その後、亜人のキャラバンはそれからほどなくしてこの街を出ることになった。

 これだけの騒ぎを起こして置いて――具体的には街中で爆弾を使って爆発と煙を起こして置いて、憲兵が黙って見過ごすはずがなかったからだった。

 でも、これでいい。

 悲しい別れは良き出会いの証拠。

 それでも悲しいのは辛いから、ほんの少しでもそれを紛らわそう。


 ククルが成長して、心も治って、それで別れの時が来た時。

 こんな風に笑える別れになるのだろうか。

 それは――分からない。考えるのも無駄なくらい先のことだ。それでも考えてしまう時は来てしまう。考えなければいけない時は訪れてしまう。


 だけれど、今はそれに目を瞑ろう。

 モーランにならって、今ある彼女との「楽しい」を感じよう。遠くを見据えて見過ごさないようにしよう。

 今はまだ、この楽しさに身を溶かそう。

 いつまでも髪飾りを外そうとしない彼女を見て、マルカはそう思った。

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人ならざるもの調査紀行 ヤマナシミドリ/ 月見山緑 @mousen-moss

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