滔々と、時は流れていきます。
滔々と、時は流れてきます。その流れの中にあって、あの母子の姿は空に輝く私に強い印象を与えました。
私は月で御座います。月にある極楽浄土で、母は娘を想い涙を流しておりました。地上で娘の弾く琴の音を聴いて、彼女は涙を流すのです。
それには、こういう訳がありました。
とある山中の屋敷に母娘は暮らしておりました。毎夜、彼女たちは屋敷の庇に出ては、琴を奏でます。母と娘のあいだに会話はありませんが、二人の心は琴の音を通じて繋がっておりました。
そんな親子を引き離す出来事がありました。
娘を残し、母が亡くなったのです。哀れな彼女は、極楽浄土に生まれ変わっても、娘の悲しい琴の音に涙を流しておりました。
彼女は願ったのです。
例え、獣になってもいい。娘のもとへいきたいと。
その切なる願いは、私の心を動かしました。私は彼女を蝋梅色の狐として生まれ変わらせたのです。
私は母子の住んでいた山に語りかけ、娘のもとに生まれ変わった彼女が赴くよう仕向けました。私の試みは上手くいき、狐となった彼女は娘のもとを訪ねるようになったのです。
その彼女が今、娘を救うべく狼に立ち向かっているではありませんか。狼は彼女の喉元に噛みつき、彼女の体を地面に押さえつけます。彼女は狼の下で暴れますが、狼はぴくりとも動きません。
おや、狼が押さえつけていた彼女の体から離れていきます。彼は呆れた様子でため息をつき、狐の喉元を嘗め始めたではありませんか。
彼女の喉には傷一つついておりません。甘噛みだったのでしょう。狼は始めから、彼女を傷つける気などなかったのです。
そんな彼女に娘が駆け寄ります。ふんっと鼻を鳴らして、狼は彼女から離れました。
彼女はひょいっと首を起こして、心配する娘の顔に鼻先を押し付けます。涙で濡れる娘の頬を彼女は優しく嘗めました。そんな狐を娘は抱き締めます。
記憶はなくても、そこには母子の深い絆があるではないですか。
おや、狼が娘たちを見ていますね。そんな狼に娘は優しく微笑みかけました。
狼はまたふんっと鼻を鳴らして、娘たちのもとへと赴きます。 彼は娘に体をすりつけ、優しい鳴き声をはっしました。そんな狼を娘も優しくなでてやります。
狼を加え、娘たち一行は山の斜面を下っていきます。私の光を浴びて彼女たちの影は、楽しそうに跳ねたり踊ったりを繰り返していました。
愉快な笑い声が夜の山に響き渡ります。もう、娘の悲しい琴の音が聴こえることはないでしょう。
いろはにほへと 猫目 青 @namakemono
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