煙草

KisaragiHaduki

叔父と私

 叔父はいつだって、重い煙草を吸っていた。呑むお酒も、バーボンだとか、ウオッカだとかの肝臓に負担が掛かる物ばかりで、二、三年に一度は肝臓か肺に疾患が見つかって入院している。それを心配した彼の弟や義妹――つまりは、私の両親がどれだけそれを辞めさせようとしても、「俺の体なんだから関係ないだろ」と言い張って、煙草を吸うことも、酒を飲むことも辞めようとはとはしなかった。

 そんな叔父が死んだのは、先日――八月のよく晴れた日であり、蝉が鳴いていた。彼は、自宅に飼っていたらしいミンミンゼミに看取られ、首を吊って、死んでいた。奇しくも、私はその死体の第一発見者であった。その日、近辺の――あらかたの高校は夏休みが明け、高校教師である私の父母は、夏休み明けの業務に追われ家を空けており、まだ中学生の私は、誰も居ない家に居続けるくらいならば、どんなに汚れていようと、煙草の臭いがしようとも、叔父の家に居た方がマシ、と考え、叔父の家があるアパートへと向かった。そして、死体と対面したのである。


 私は、警察署からの帰り道、「どうせ煙草や酒関係なく死ぬんだったら、好きにさせてあげればよかったかな」と思った。それを父母に、冗談交じりに言ったところ、巫山戯るな、と怒鳴られた。

 ――そうして、叔父は何も残さずに、死んだ。父母は叔父の残した数少ない金品を二人で分け合い、私には、彼のアパートに転がっていた適当なガラクタを与えた。ガラクタ、と形容すると叔父に失礼だろうか、とも思うのだが――きっと誰の目にも、それはガラクタに映っただろう。頭の無い犬の彫刻。インターネットに検索しても出てきやしないマイナーなバンド? アイドル? の色紙(私は、叔父の遺品の中でも、それが特に嫌いだった。教師の娘、として厳しく育てられた私にとっては、色紙に書かれたミミズ文字は見るに堪えない物だったのである)。インクの切れた万年筆。そして、私が幼い頃、ヘビースモーカーだった叔父にプレゼントした、猫型の灰皿。

 私はそれらを、自分の部屋に並べて置いた。父母は、叔父の遺品で溢れんばかりになっている私の部屋を見て、「そんな物、捨ててしまいなさい」と、幾度となく私を叱ったが、どうも、そんな気にはなれなかった。その動機は、単純に、私が思春期――世間一般で言うところの反抗期、とも言われる年齢であるが故、幼い頃から私を兄、義理兄に預け、他の子供に現を抜かしていた父母に対する反抗心なのかもしれないが――。もしかしたら――反抗期であるが故に、嫌っている素振りを見せていたが、私は、親代わりですら在る叔父を、心中では好いていたのかもしれない。

 叔父の物で満たされた部屋は、いつだって叔父の匂いがした。苦い煙草のにおい。吐息からほんのりと香る、洋酒の甘い香り。仕事で忙しい両親に代わって、私をかわいがってくれていた、たった一人の人。そんな叔父が、今、この場に居るかの様に、錯覚してしまう程に。

 ――まだ、叔父の匂いの消えない部屋の中、ベッドに寝転ぶ。そして、仄か暗い天井を見上げ、どうして叔父は死んでしまったのだろう、と、考えた。その理由は、叔父にしか分からない、ということは、理解していた。本当に、私自身、自殺の動機を知りたいわけでは無かった。どうして、叔父は何も言わずに死んだのか。自分を心の奥底で見下し、嘲笑っていた義妹や弟に何も告げなかったのは、まだ、理解できる。しかし、娘代わりの私にすら――。

 結局、叔父にとって、私というのはその程度の存在だったのだな、と思うと、非道く虚しくて、枕に顔を埋めた。鳩時計が鳴っている。誰かの吐息が聞こえてきて、懐かしい匂いがした。

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