お妃様は無事王様を暗殺できるか? 後編

 王妃が考えているうちに、王が「狩猟の会の案内状なのだが」と告げた。


「秋だからな」


 何の事はない、よくある貴族の嗜みだ。考え過ぎて損した。


 否、損ということはない。

 狩猟ということは、参加者は皆弓矢や小銃や猟犬を用意する。これは王をどさくさに紛れて殺害する好機ではないか。先手を打って何か策を練らねば、自分以外の暗殺者も同じことを考えているはずだ。誰よりも先に王を殺すためにはいったい何を用意すればいいのか。


 その前に、誰が王を狩猟に誘ったのだろう。主催者を確認しなければならない。もしかしたらその者が王の命を狙っている可能性もある。

 もしくは、王妃の命を狙っている可能性もある――田舎から出てきてすぐに王の心を射止めた不審な娘を怪しんでいるかもしれない。自分の身を守ることも考えねば――


「狩りは嫌いか?」


 王妃は息を呑んだ。

 それは、どういう意味だろう。文字通りの、狩猟のことを言っているのだろうか。彼女のいた組織では、標的を狙うことも狩りと呼んでいた。つまり自分は今王を狩ろうとしているところだ。まさかそのことに気づいて、何ヶ月も王を狩れないでいる自分を揶揄やゆして言ったのか、それとも――


「生き物を殺すのは、女性には刺激が強過ぎる、か。兎を獲っただけで得意げな顔をする奴も大勢来るだろうしな。俺だったら鹿などの大物を獲ってきてやれるが――いや、鹿の剥製など姫君の部屋に飾るものでもないか、せいぜい夕飯の肉料理だな……ん、それだったらむしろ兎肉の方が好きか?」


 本当に、本物の、狩猟の話をしているらしかった。

 王妃はどうにか思考のすべてを振り払い、「いいえ」と答えた。


「そもそも、あまり、参加したことがございませんので……できることでございましたら、お傍にお控えしてご様子を間近で拝見させていただきたく」

「そうか、そうか。では、行こう」


 王妃はそこで、今こそと思い、声を振り絞った。


「ところで、どちらで開催される狩猟の会なので……?」


 それを聞けば誰が主催者なのか把握できると思ったのだ。


 王は簡単に答えた。


「隣の国だ」

「とっ、隣!?」

「ああ、弟が主催なのだが……あれ、教えていなかったか? 俺には弟がいて、という――」


 知らないわけがなかった。王には長い間ともに暮らしてきた双子の弟があって、彼が王位につく少し前に隣国の女王へ婿入りしたのだ。隣国とはもともと友好的な関係にあったが、この婚姻を機に両国の関係はさらに深まり強固な同盟関係が築かれたと聞く。


「いえ、まさか、とんでもございません! 存じ上げております」


 しかし、双子の弟――それこそ大丈夫なのであろうか。自国で王になった兄を妬んではいないだろうか。

 いったいどういう理由で弟が隣国へ婿入りし兄が王位を継いだのだろう。それ次第では王が命を狙われるに足る理由になりはしないか。


 もしその狩猟の会で弟による差し金と鉢合わせしようものなら、自分はいったいどうすべきか。王の命を狩るべきはあくまで自分なのであるから王を守るべきか、自分の手を汚さなくても王を倒してくれると思えば委ねて自分は知らん顔をしているべきか――


「……うん。やはり、二人で出掛けようか」


 王はふたたび立ち上がると、「よしよし」と言って王妃の頬を撫でた。


「案ずるな、あいつはあれこれうるさいことを言う奴ではない。双子にしては珍しく俺とあいつは性格にも似たところがある、顔などはほぼ一緒だし、恐ろしくはないだろう。女王陛下にもご挨拶をした方がいい――とは言え、あいつめ、女王陛下がまだお若くてあいつにご執心なのを良いことにあいつが王のような顔をしてせっせと政務をこなしていると聞いたが、横のつながりは少しでも多い方がいいからな……」


 彼は「いやあ、生まれ故郷に残った俺の方が貧乏くじを引いた気分だ」と言いながら扉の方へ向かった。


「秘書官を呼ぼう。次の俺の休暇と弟の言っている日程が合うか確認して、調整をしなければ」

「お……お出掛けになるので?」

「当たり前だろう」


 王が振り向いて微笑む。


「道中は紅葉が美しいぞ。お前の目もきっと楽しませてくれるだろう。良い気分転換だ。ここのところ慌ただしくて二人で過ごす時間も少なかったし、いろいろとお喋りをしながら旅行と洒落込もうではないか」


 お喋りを――話を、しなければならないのだろうか。何を話さなければならないのか。まさか王は勘づいているのか、自分が彼を狩るために来た刺客だということを――もしもそうであればいつからだ、彼をはかるつもりで謀られていたのだろうか、自分はこれからどんな目に遭うのか――


「おお、たまには馬もいいな、妻と二人乗りもなかなか民に自慢できてオツでは――」


 秘書官と立ち話を始めた王に対して、王妃は慌てて「待って! お待ちください!」と追いすがった。


「馬は! 一国の王ともあろうお方が裸で馬など、それもわたくしをともに乗せてなど――」


 途中で毒矢でも射掛けられたらあっという間に殺されてしまうではないか、と言いたかったが、王は「ははは」と朗らかかつ軽やかに笑った。


「照れ屋だな、お前は」

「えっ」

「仕方がない、我が妃は恥ずかしがりなのだ。馬車を手配してくれ」


 秘書官が「かしこまりました」と言って下がっていく。王妃は、そういうことではないのだけれど、と言いたかったが、言える雰囲気でもなかった。言えば言うほど泥沼にはまっていく気がしたのだ。


 自分は、いったい、いつになったらうまく王を殺すことができるのだろう……。






 この国の先の王と妃は、比翼連理の相思相愛で有名だった。


 死が二人をわかつ日が来るまで、末永くともに暮らした。


 婚姻の日より数十年ののち、王位を返上し息子に冠を譲った上王がたくさんの子や孫に囲まれて安らかに息を引き取ると、大后と呼ばれるようになった妃もほどなく子供たちが彼女のために建てた離宮で穏やかな眠りについた。

 ただ一点、大后が臨終の際、「こんなはずではなかった」と呟いたという記録が残っているのだが、それが何を意味しているのか分かる者は誰ひとりとしていなかったという。




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お妃様は無事王様を暗殺できるか? 日崎アユム/丹羽夏子 @shahexorshid

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