無職の日常
高橋
第1話無職の日常
ある日、私は無職になった。業界に特化したことを報道する、いわゆる業界紙の記者として大きな実績を残し、より良い会社を求めて退職した。「これだけの成果を挙げたのだから、引く手あまたのはず」と自信満々に転職活動を始めたが、思ったように結果は出なかった。今は、辞めずに働きながら転職すれば良かったと後悔する日々が続いている。
後悔とともに、次第に怒りが沸いてくる。「面接は茶番だ」と思う一方で、「その茶番すら突破出来ない奴は社会に出ても役に立たないのでは」と自問するなど、精神状態は安定していない。「就職するより、自分で会社を立ち上げたほうが早い」など、子どもじみたことも考えてしまう。想像していた以上に、無職という状態が苦しいことを身をもって体験している。しかし、就職しさえすればすべて解決されるのだろう。
自身の現状を、政治のせいにしてしまうこともある。「俺がこんな状態になったのは国のせいだ」と。本当は分かっている。自分のせいなのだ。
こうした一般的な無職が抱える煩悶とともに、求人広告に一喜一憂する日々を過ごしている。出来れば楽しくて、休みがあり、給与もそこそこで、興味がもてる仕事があれば、どんなに嬉しいことか。ただ、そういった仕事は競争率が高い。本当に嫌になってしまう。
無職の唯一の仕事である、求人を探す作業は一時間もかからない。それ以外は、ずっと暇だ。やることもないので、さほど早起きをしなくてもいい。なので、必然的に自堕落な毎日になっている。
今日も午後一時に起床し、食事をとりながら、求人を確認した。また良いものはなかった。なので、私は外に出かけることにした。
無職の状態で外出すると、すれ違う人すべてが眩しく映る。不思議なことだ。私は一人暮らしなので、誰にも迷惑をかけていない。貯金がひたすら減っていく精神的な苦痛があるものの、悪いことはしていない。分かっているけど、眩しいのだ。
普通に街中を歩いていてもつまらないので、河川敷を散歩することにした。平日なのに焼肉をしている学生や、微笑ましい親子連れなどがいた。今日は曇りだが、今の私には眩しすぎる存在だった。
「眩しいな」
思わず、独り言を呟いた。当然、誰も聞いていない。聞かれていたとしても、どうでもよいことだ。世間にとって私は、いてもいなくても変わらないのだ。大した存在ではないのだ。自信満々で退職したころの気持ちは、今や見違えるほどに縮んでしまった。
現実は、残酷だ。これが物語ならば、いきなり謎の老人に話しかけられて、ある種の冒険の世界に誘われるだろう。せっかく、外出したのに。わざわざ、河川敷を散歩しているのに。何も起きない。分かっていることなのだ。なぜなら、これは現実なのだから。
そう考えると、不思議とやる気がでてきた。やるしかない。やる以外ないのだ。何故だか分からないが、わくわくしながら帰宅した。そして、また、求人を見直す。やはり、何もない。ここで落胆してはいけない。このやる気の炎を絶やしてはならない。
この気持ちは、いつまで持続しているか分からない。三十分後には、また、陰鬱な気分に戻っているかもしれない。こればかりは諦めるしかない。私は無職なのだ。無職とはそういうものなのだ。
起業するつもりもないので、地道に職を探すしか道はない。明日こそ、私の運命を左右する良い求人があるかもしれない。
とりあえず、今日はもう、やることはない。人生でこんなにも、何もないのに気分が晴れない状態が続くことは、二度と訪れないだろう。何もないことが、こんなにも気が滅入ることなのだとは思わなかった。ある意味、貴重な毎日だ。
あとで酒と旨いつまみを買いに出かけて、夜は酒を飲むことにしよう。たまには良いだろう。そして祈ろう。明日こそ良い求人があるようにと……。
無職の日常 高橋 @akst7014
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