final wave


ジン 「……とまぁ、そういうわけなんですよ」

ナナシ 「……そいつは……確かに一大事、だわなぁ……そうか、それで女の子、翼族ザナリール、櫛……って繋がるわけか……」


ユキ 「はい。それで、ナナシさんが持って来たこの、二番目の櫛。これは翼族ザナリールが翼をを整える時に使うものなんですよ。こればっかりは他の種族が作ったものでは、使い勝手が悪いからだめなんだって、ばばさまが言ってました。

 それに……こんな凄く綺麗な『柘植つげの櫛』……柘植の櫛は使うほどにツヤが出て、一生使えるからとても縁起がいいのだって。でも、それを別にしても、これ、とてもいい櫛ですよ、ばばさまのも綺麗だったけど、それより目が細かくて、すべすべしてて、すごく持ちやすくて……(目を細める)」


ナナシ 「………」

ジン 「どうかしましたか、ナナシ殿」

ナナシ 「(天井を仰いで)……あー……俺に言えってことなんですかぃ? ……大将……」

ヒビキ 「ナナシ?」

イェリオ 「…… ? ……」

ナナシ 「あー……ユキちゃん、その櫛ちょっと貸してくれや。……すぐ返すから」

ユキ 「は、はい」

ナナシ 「あのな、この櫛とその水晶球。それぞれが、えぇと……たぶん、つーか十中八九その『ラァラ』ちゃんの……両親の形見だ」

ユキ 「……えっ……!?」


ナナシ 「母親は、腕のいい占い師だった……って言ったな。その水晶は元々ここの色売りの店から質に出されて、転売に転売を重ね、最後に大将の指示で俺がジフォードのクーファルで買い取ってきたモンだ。だが、今の話で繋がった。なんでまたそんなにこんな小さな水晶がゼルスの商人にことごとく嫌われて、売られ続けたのか……ってな。

 ……質に出して元が取れるものがどれだけあったかわからねぇが、店主は謂れが知れれば売れないのを見越して、早急に、そして嘘をついてまで無理矢理質に出したんだろ。……だから、あんなにあやふやな情報しか入らなかった、と……」


ジン 「……ナナシ殿?」

ナナシ 「それで、こっからは俺の憶測なんだが……大将曰く、この櫛にはもう一個仕掛けがあるんだって、まぁ見てな……っと!」

ユキ 「……く、櫛から、刀が……!?」

ジン 「……それは……!」

ナナシ 「……アタリか? ……ジン。心当たりがあるって顔だな」


ジン 「……あ、はい。それは……確かに私がロン様に頼まれて、行きつけの刀鍛冶に、仕込み刃用にと作り変えさせたものです。そうだ、元が……それはもう無残に折れた剣で……でも出来るだけ、軽く、強く打ち直せと、無茶を言って困らせた。今思えば……そうか、これがあの男の最期の剣だったか……」

ナナシ 「だから、大将は俺に『二つセットで』と言った。……そして、自分は一切触らなかった……と」


ユキ 「……待って、待って下さい! これは……これはっ、ラァラちゃんが将来何かあった時に、身を守る為の刀ではないんですか!?」

ナナシ 「……それを決めるのは、それを受け取った『ラァラちゃん』だってことだ。だから、その狼とか星竜じゃなくてユキちゃんから直接本人に渡せってのはそういう……あ~、ゴメンって、泣かねぇでくれよ~、ユキちゃん……」


ユキ 「だって! ロン様は……初め、話を聞いたばばさまに凄くなじられて、怒られて、それでも『俺の責任だ』って頭を下げて……でも凄く一生懸命説得して……っ、ばばさまに後見人になって貰えたら……『表』で堂々と使える正真正銘の『国民証』が作れるって! そしたらこの先、結婚することになっても、この国じゃないどこかに移住することになっても、一生、こそこそ隠れて暮らすことなんかないって!」

ジン 「………」


ユキ 「……それにっ! ばばさまに会う前に、ロン様が嬉しそうに言ってたんです。確か、この辺りの翼族ザナリールは生まれてひと月かそこら以内に、誕生の儀式のようなものをするらしいんだ、って。……私、それに間に合うように勉強して、転移の指輪の使い方も教わって、その後その赤ちゃんと皆さんとばばさまの所に行って、ちゃんとその儀式をして祝ってあげるように……って! それなのに、そんなの……っ!」


ジン 「……ユキ、もういい。そういうお方なんだっていうのは、皆……わかってるから。(背中を撫でる)」

ヒビキ 「ナナシが、ユキちゃん泣かせたー!」

イェリオ 「……泣か、せた……」

ナナシ 「い、いやっ! これは俺のせいじゃない! 大将がっ、大将の策略だ! 陰謀だッ!」

ヒビキ 「ナナシのバカー! 人でなしー!」

イェリオ 「……ろくでなし……」

ナナシ 「………ぅうっ、正解………(涙)」


ジン 「……ユキ、俺も……あまり偉そうな事は言えない、けど……たぶん、気持ちを押し付けちゃだめなんだと……思う。それに、たぶんロン様がユキに頼んだのは……その子だけでも、できるだけ『裏』に関わらせたくないから……なんじゃないかな。その証拠に、ロン様は『俺から会いに行く事はないだろう』って仰ってたし、ドレン様だって、何をしてもいいけど、あの子だけはSエリアの外へは絶対に出さないようにって、強く命令が出てる。

 限界があるのは俺にも解るくらいだ。お二人はとっくにそんなの見越していて……でもそれくらいしかできないんだ。それもこれも……本当は……こういう経過じゃなければ、お互いに関わらないのが一番だって知ってるから……」


ユキ 「……じゃぁ、やっぱり、私は…ここにいたら迷惑ですか……?」

ジン 「……い、いや……そういうわけじゃ……」

ヒビキ 「俺はユキちゃんの味方だぞ!」

イェリオ 「……ユキさん……いないと……困る……」

ナナシ 「おら、お前もこっち来いメガネ。名づけて『チーム人でなし』誕生だ!」

ジン 「……。……ユキ、俺は……」

一同 「(おぉっ!?)」

ジン 「……俺は……」




ルイス 「……さっき、騒ぐなと言ったぞ。まだいたのか、お前達」

ナナシ 「空気読みやがれ、アホーーー!(叫)」

ルイス 「……それはこっちのセリフだアホウ鳥。多めの睡眠薬で永眠したいか」

ナナシ 「……医者のセリフじゃねぇぞ、そりゃ……」

ルイス 「生憎、ウチは品の良い客ばかりじゃないからな。……ん? どうした、ユキ?」

ユキ 「……っく、せ、んせい……んでも、ありま……ひっく!」

ルイス 「なんだ、泣いていたのか……」

ユキ 「……申し訳、ありません……」


ルイス 「なんだなんだ、揃いも揃って。……ここで少し休んでいけ、ユキ。他は面会謝絶だ! とっとと外に出ろ!」

ヒビキ 「えー! 九九はぁっ!」

イェリオ 「……歌……まだ……」

ジン 「……。すいません、先生。ユキを……よろしくお願いします。さ、行くぞヒビキ、イェリオ」


ヒビキ 「じゃぁ、ジンさんが教えてくれるんか?」

イェリオ 「………歌………」

ジン 「ああ。あっちの部屋でな」

ヒビキ 「ホントか! やったー!」

イェリオ 「……ユキ……さん……」

ユキ 「ん、ごめんなさいね。大丈夫です、ちょっと休んだら、ひっく、そっちに行きますから」

イェリオ 「……」



ルイス 「………まったく、あのバカどもが。患者はだいぶ掃けたから、そこで好きなだけ休んでいていいぞ、ユキ」

ユキ 「先生、……あの、私も……バカだから、よく、わからないんですけど……『堅忍』って、どういう意味だか、わかります?」

ルイス 「ん? ……『堅忍』とは、確か……辛い事によく耐え忍ぶこと。我慢強くこらえること……だったと思うが……?」

ユキ 「……そう、なんですか……」

ルイス 「どうかしたのか?」


ユキ 「……柘植の花言葉……なんだそうです、その言葉。ロン様、私にも……あ、私のは普通の櫛ですけど……くれたから、それで」

ルイス 「………」

ユキ 「解ってます、ナナシさんや……ジンさんが仰っていること。そして皆さんが心配して言って下さっていること。それもこれも全部私のおせっかいで、わがままだってことも……。でも、もしそうなら、ラァラちゃんも、私も……頑張って、頑張って、とても良く『我慢』ができたなら、いつかその先には、何か良い事が、あるんでしょうか……」


ルイス 「……まったく、何を考えてそんな事を吹き込んだのか知らないが……あぁ、あった。丁度良い、これを見ろ、ユキ」

ユキ 「……先生の、定規……ですか……?」

ルイス 「これも確か『ツゲ』だ。密度があるから狂わないし、強度もある。これ自体に殺菌効果があるから、たまに油を塗って手術に持っていくことがあるくらいだ。……私もこれは良く使うが、使ってどう思うかは使う者次第じゃないのか。……それに、デリカシーが無くて悪いが、その櫛もこの定規も『ツゲ』の『木』から作るものだろう」

ユキ 「……あっ、そういえば……そうですよね……(苦笑)」


ルイス 「私は黒鷹と違って、そんなセンチな口説き文句は知らないが、確かツゲの木は、日の光が十分に当たる場所でしか育たない木だ。成長は遅いが、その分太陽の光を一杯に浴びてゆっくりと身の内の密度を高めていく。だから、おそらく殺菌効果というのも日光由来のものなのだろうな。

 ……まぁ、百歩譲ってその『花言葉』を考えるなら、そのような木に咲く花だ。悪い意味ではないだろう」


ユキ 「……そう、なんですか……ふふ、先生って、とても物知りなんですね。……ありがとうございます、ちょっと元気が出てきました」

ルイス 「そうか、それは何よりだ」

ユキ 「……先生、もしかしてちょっと照れてます?(笑)」

ルイス「し慣れない事をさせるからだ。元気になったのなら、出て行けよ。ここは病人の来る所だからな」

ユキ 「はい(苦笑) ……でも、お手伝いならまた来てもいいですよね?」

ルイス 「もちろんだ」


ヒビキ 「(遠くから)……しちろくにじゅうに~しちしち~……あれ? しちしち~……」

ルイス 「あちらは、苦戦しているようだな(苦笑)」

ユキ 「あ、大変!私も行かなくちゃ! ……それに、さっきの話、実はロン様に内緒にしてろって言われてたんです、だから皆にも言って、内緒にしててもらわないと! あ、なので、また手が空いたら手伝いに来ますね! 本当に、本当にありがとうございました、先生!」

「……ああ(後姿を見送って)


 ……まったく、難儀な連中だ。

      本当に、体の中身など、何一つ変わらんはずなんだがな……」




 END.

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旅医者と空色タマゴ 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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