第14話 元カノと喫茶店の座席

 集合時間15分前。

 からんころんと音を出す飾りが吊されたドアを押し開いて、喫茶店に入る。

 だいぶ気温も高くなってきて、もうすっかり初夏な感じだ。ほどよくかかったエアコンの風が心地よい。

 ……ま、これから心地よくない用事をこなさないといけないわけだけど。


 前回と同じカウンターに――あれ。いない。


「こっちよ」


 きょろきょろ不審者を演じていると、奥のテーブル席の方から声がかかる。

 反応してそっちを向くと、恵まれた顔から繰り出される鋭い視線が俺を刺した。


「なんでそっち?」


 やや頬を膨らませている顔も、喫茶店の年季の入った壁と並ぶと妙に絵になるから顔のいい奴はずるい。

 ……はっ。逸らすの忘れてた。何見とれてるんだよ俺。心の中で自分にグーパンした。


「今日は4人でしょ、もう忘れたの?」


 そうだった。今日は個チャではなく、うさうさグループの方で招集がかかったのだった。

 サークルの先輩に言われた案件があるので、その作戦会議をする、とか。


「そうでしたね」


 内川を適当にあしらって、前来たときと同じブレンドを注文した。


「……いいから、早く座りなさいよ」


「へいへいうっちー」


 お言葉に甘えて、内川から見て4人がけテーブルの対角線のところの椅子に腰掛ける。


「は?」


「なんだよ」


 内川がガンを飛ばしてくるけれど、俺にだって俺の事情があるんだ。こいつの正面に座って直視したら……ねえ。ほら。色々まずいんだよ。


「なんでそこ座るのよいっちー」


「別にどこに座ろうが俺の勝手だろ、あと俺は弓の名手じゃない」


「不自然でしょう」


「はあ」


「なんで2人目が斜めに座るのよ」


「なんとなく?」


「おかしいでしょ。ほら、移動。早くして」


 腕と足を組んだ内川が、顎で正面の席を示す。むかつくなあ。


「そんなに俺の正面がいいならお前が移動すりゃいいじゃんか」


「なんであたし? あたしが最初に来てたんですけど?」


「もういい加減その席にも飽きた頃だろ。ほら、動けよ」


「飽きてないわ。むしろあんたがまだ飲み物来てないんだから――」


「――お待たせ致しました。ブレンドです。ごゆっくり」


 店員さんが伝票をことんと置き、戻っていく。制服のエプロンがかわいい。


「来ちゃったなあ?」


 挑発してやると、内川は深く息をついて告げた。


「わかったわ。一度冷静になりましょ?」


「ほう」


「まずは飲み物を飲みましょう」


 そう言ってマグカップを持ち上げ、すまし顔で一口コーヒーを飲む彼女。やっぱり絵にな――それはどうでもいい。

 俺も飲もう。


「……あっちゃっつ!!」


 なんかもう疲れていたから雑に流し込んだら、喉が灼けた。ジューって音がするかと思った。淹れ立てだもんな。そりゃそうか。


「ぷっ……あは……」


 この事態を招いた悪魔うちかわが斜め前で笑い転げる。テメー絶対に許さんからな、覚えとけよ。

 水で応急処置をしてから、無駄とは知りつつにらみつけた。


「お前な……」


「落ち着いたね?」


「どこが」


 俺の抗議を華麗に無視して、内川は話を始めた。


「いい? これからあのふたりが来るの」


 そうだな。鷺坂さんと宇佐美が来るんだよな。あのじれったいふたりが。


「あのふたりを斜めにしていいの?」


「あ、よくないわ」


 今日の会議の最大の目的はあのふたりをどうにかいちゃつかせることだからな。内容は二の次だ。


「でしょ。だったら早く移動しなさい」


「それはやだ」


「は? 話聞いてる?」


「だってもうコーヒー来ちゃったし」


「それはどっちもです」


「というか時間ないから早くしろ」


 スマホの画面の時計は集合時刻の5分前を示している。もういつ来てもおかしくない。


「あのねえ」


「早くしろうっちー」


「そっちこそ動きなさいよいっちー」


 なんかもう、ここまで来るとただの意地の張り合いだ。

 目的が「よりよいラブコメ環境をつくる」じゃなくて、「相手に折れさせる」になってる。

 とはいえ、こんなことで「嫌なことは交互でやろうね」制度を使うわけにはいかない。順番で言うとあっちに押し付けられるターンだけど、これ直接的に効果があるやつではないし。あと実害はないんだから素直にどっちかが動けばいいし。

 ……まあお互い動かないんだけどな!


 仕方ない。こうなったら揺さぶりをかけよう。


「よしわかった。俺が動く」


「わかったも何も最初からそれが自然よ、いっちー」


「だから那須与一じゃな」


「はいはい。さっさと動いて」


「でもな。俺に動かせると大変なことになるぞ?」


「コーヒーこぼしたら承知しないわよ」


「あっそれは大丈夫」


 そんな、処理がめんどくさくなることはしない。ただのちょっとした嫌がらせだ。

 大した荷物を持ってきたわけでもない。テーブルの上の食器はスライドさせてっと。


 俺はひょいっと、テーブルの向こう側、ソファ席に移った。


「ぴゃっ」


 右隣から妙な声が聞こえる。もっとくっついてやろうか?


「どうした?」


「……なんで隣なのよ」


「隣の方が彼らふたりもうれしいかなあって」


「あっち椅子じゃない」


「そうだね」


「くっつけないじゃない」


「何、くっつきたい?」


「誰があんたと」


「はいはい」


 ひとしきりからかったところで(耳がほんのり赤くなったのが面白い)、ちゃんと内川の前に移動しようと思った。その時。


 からんころん。


 音がして店に入ってきたのは、やはりと言うべきか、鷺坂さんと宇佐美だった。

 ……完全に戻るタイミングを逸した。この位置でふたりを待ってたみたいになってしまった。


 すぐにこちらを見つけた鷺坂さんが、いつものようにコメントする。


「今日も仲良しさんですね」


 いや、それが「いつも」はまずいんだって。


「別に……」


「仲良くなんか……」


「はいはい」


 いつものように軽く流されて、今来たふたりが席につく。

 さて、これからが今日の本番だ。もう精神的には疲労困憊だけど、こっからがんばろう。

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だいっきらいな高校時代の元カノと大学で仲良くするハメになったんだけど! 兎谷あおい @kaidako

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