後悔はロボットになる前に

箱守みずき

私の価値は、いくらになるだろう

「言ったでしょ、私の下着はネットに入れて洗ってって!」


 いつもの光景だ。ロボットのサトルに向かって、私は激しい言葉を投げつける。正直なところ、下着の洗い方についてサトルに説明したかどうか覚えていない。それでもサトルは申し訳なさそうに謝ってくれる。そりゃあそうだ、サトルは私が買ったロボットなのだから。私には逆らえない。サトルとしては今の洗濯機はネットなんて使わなくても形が崩れることはないと言いたげだった。今日は偶然、サトルが洗濯をしているのを見て指摘したのだ。


「こんな時代があったなんて信じられない」


 昔の映画を見るとそんな言葉が出てくる、今とは全く価値観の違う世界が描かれている映画を。


「部長って何だっけ?」

「いまで言うところの、管理体だよ」

「ああ、昔はあれも人がやってたんだっけ?」


 今、世界の人口は200億人を超えたらしい。人の価値はどんどん下がっている。今ほとんどの仕事はAIの監視のもと、単純な作業だけを人間が行っている。昔で言うところの管理職というのは存在しない。単純な作業だって人が有り余っているからして、その価値は無いに等しい。サトルだって私の下で暮らしたほうがいい生活が送れるはずだ。私の価値だって明日暴落して、サトルを手放さなければならなくなるかもしれないのだけれども。


「昔の人は、あんな些細なことで悩んだりしていたんだね……」

「理解できない?」

「うん、あんなに自由に生きていると、幸せに気が付かないのかな……」


 私の代わりだっていくらでもいる。だから私も、交換されないように必死で生きねればならない。そんな不安定な暮らしを送っているから仕方がないと自分を弁護しては、今日も私はサトルに厳しく当たるのだ。


「言ったでしょ、私が帰る前までに家事を全部終えておいてって」


 今日は仕事が早く終わったから、いつもより早く帰ったのだ。サトルは料理の最中だった。サトルはいつもどおりの家事をしていただけなのに。


 あれ……なんかサトルの様子がおかしいな。壊れちゃったかな?

 あれ……なんだ……これ……。



 機械でできたロボットはサトルのよう私を包丁で刺したりはしないそうだ。そりゃあそうだ。だから2億円の価値があるんだろう。私は赤く染まりながら、意識を失っていく。


 ロボット……昔は奴隷って言ったんだっけ?もうその言い方は法律で禁止されてるんだけど。一時期は、ロボットを売買することが禁止されていた時代があったらしい。私はサトルを200万円で買ったんだけど、昔は、ロボットの売買が禁止される前の時代はもっと高かったらしい。いい時代になったもんだと思っていた、気に入らなければ、売り飛ばせばいいと思っていた。



 私は一命を取り留めた。最近はどこに居たって体に異常が起これば自動的に検知して救急車が飛んでくる。私の場合はついでにパトカーも。サトルは逮捕されて、即日裁判が行われ、懲役五年の判決をもらったそうだ。


 私は病院のベッドで、AIから説明を受ける。幸運なことに、刃は重要な臓器には達していなかったそうだ。それでも、退院まで一週間はかかるそうだ。一週間。一週間も仕事ができなかったら、私はもうクビだろう。クビどころか、次の仕事を得ることすら難しいだろう。トラブルを起こすような人間を雇うほど人情的なAIなんて居ないのだから。


 さらに不幸なことに、私の保険は犯罪による怪我には対応していなかった。私の治療費は、犯罪を犯した者に請求しろということだ。犯罪を犯した者、私の所有物のサトルに。つまりは私に請求しろってことだ。もうどうしようもない。貯金も全て無くなって、借金まで負ってしまった。


 どうやら今度は私がロボットになる番のようだ。

 私を買ってくれる人が、優しい人だといいな。

 私に買われる前、サトルもそう思ってたのかな……。


 私はサトルの言葉を思い出していた。


「あんなに自由に生きていると、幸せに気が付かないのかな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後悔はロボットになる前に 箱守みずき @hakomori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ