第20話 少佐の訓練 I

「真木瀬、今日からお前のメンタルを鍛えて一人前の兵士にしてやる。」



ベイルート大佐はルカを呼び出しそう言った。



「少佐、ちょっと来てくれ!」



大佐はベッカー少佐を呼び出し、ルカの弱点克服の作戦を告げる。




ベッカー少佐は頷き、無言でルカを手招きする。



ルカはそれに従い、少佐の後を追う。



ベースキャンプから少し歩いたところに、ダークエメラルド方面隊専用の訓練場がある。



そこで少佐とルカのマンツーマンの指導が始まる。




「特に難しい事はありません。これから魔獣を複数体出します。それを一頭ずつ倒していってください。倒したらまた新たな魔獣を呼び起こします。それをひたすら続けるだけです。」



少佐は淡々と訓練の内容を語る。

口調に比例せず、ハードな内容の訓練だった。




「わかりましたっ!」



ルカは従うしかないので、腹をくくり返事をする。



「それじゃあ準備をしてください。魔獣を呼び起こします。」




そう言うと少佐は魔法を唱え、次々と魔獣を呼び起こす。



トータルで5頭の魔獣が練習場に姿をあらわす。



「では、はじめ。」



五頭の魔獣が一斉にルカに襲いかかる。



ルカはいつも通り、攻撃を上手にかわしながら相手との距離を取る。



相手が一頭でも五頭でも同じ要領で、軽快に体を動かしていく。



攻撃をかわすこと、攻撃を防御することに関してはもはや隊の中でトップクラスだった。



しかし攻撃に転ずることは全くせず、長時間の戦いの末、魔獣の方がスタミナ切れで攻撃出来なくなり終了となった。



翌日もその次の日も同じような戦い方で結局なにも改善はされないまま、1週間が経過した。



教育を任された少佐は、次の作戦に出る。



次の作戦は、少佐自身が闘いに参加し、ルカの反応を見るものだった。



少佐は魔獣と対峙しているのにも関わらず座り込み、自ら持参したダージリンティーを飲み、リラックスした様子で魔獣と正対していた。



魔獣はそんな少佐目掛けて、攻撃を仕掛ける。



魔獣の鋭い爪が少佐の体を裂く。



少佐は少し移動し、魔獣の攻撃をモロに食らうことはなかったが、少佐の持っていたティーカップは割れ、体にも若干の傷を負ってしまう。



少佐は自ら体に治癒の魔法をかけ、回復を図る。



間髪入れず、次の魔獣の攻撃が少佐を襲う。



更に別の魔獣の魔法攻撃も少佐を襲う。



少佐は絶対絶命の危機を迎えていた。



「(さあ…真木瀬どうする?)」



少佐は冷静にルカの動きを観察する。



「(このままだと攻撃がモロに少佐に当たっちゃう。私のために体を張って…)」



ルカはそこまで考えると、続きを考えるよりも先に体を動かしていた。



目つきも先程までの穏やかなものから鋭い目つきに変わっていた。



「リャーマ!!」



ルカの魔法により、炎が飛び出し、魔獣の魔法攻撃を簡単に消し去る。



さらには少佐に直接攻撃しようとしていた魔獣をも焼き去ってしまう。



一撃で一体の魔獣を戦闘不能にするその攻撃力には、目を見張るものがあった。



しかしそれだけでは止まらず、その炎は魔獣全員を焼き尽くすまで続けられた。



魔獣全員が戦闘不能になると、今度は少佐に目掛けて炎を放つ。



もう既にルカは敵味方の区別がつかなくなってしまっていた。



少佐は冷静にその炎を避ける。



「リャーマ!!」



更にルカは少佐目掛けて攻撃を続ける。



少佐は人差し指を炎の方に向け魔法を唱えると、自分に向けられた炎の矛先が変わる。



炎の矛先がルカの方に変わり、自分自身の放った炎攻撃がルカ目掛けて飛んでくる。



目前に迫った炎を前に、ルカはなす術なく立ち尽くす。



自分の身の危険を全身で感じ、恐怖心で体が硬直してしまう。



恐れを感じたところで、ルカはふと我に帰る。



我に返ったところで、ルカの魔法が解け、目前に迫った炎は泡のように消え去っていった。



ルカは膝から崩れ落ち、荒い呼吸を肩でしながら放心状態になっていた。



少佐は何事もなかったかのようにつぶやく。



「なるほど。身の危険を感じると我に帰るんだな。しかし、まだまだ研究の必要があるな。」



そう言うと少佐はその場をあとにする。



残されたルカは少しずつ状況を理解し、自分がまた制御できなかったことに対する苛立ち、悔しさから涙が溢れでる。



しかしルカには解決する手立てが思いつかなかった。



それが苛立ちを加速させていった。



次の日もその次の日も同じような戦闘訓練が繰り返された。



しかしルカが自分をコントロール出来るようにはならず、毎度毎度暴走を繰り返しては、後悔し泣いていた。



少佐はこの状況に、焦りも苛立ちも感じない様子でいた。



戦闘訓練終わりに、少佐は大佐に呼び出され隊長室にいた。



少佐は、大佐と自分のためにアッサムティーを注いでいた。



「で、どうなんだ?真木瀬の様子は?」



紅茶を注ぎ終えた少佐は、席に座り大佐の質問に答える。



「状況は前と変わりません。色々と試せるものは試していきます。それでもダメなら除隊しかないと思われます。」



「そうか…なんとか戦力として活用できればと思ったが…引き続き尽力してくれ!」



大佐は紅茶には目もくれず、苛立ちを露わにしていた。



「ええ、試せることはすべて試しますよ。ただ、どのような結果をもたらすかは神のみぞ知るといったところでしょう。」



大佐の態度を気にすることなく、少佐はアッサムティーの香りを楽しみながら、涼しい顔で大佐に告げていた。



その後も同じ訓練が続き、毎度のようにルカは暴走していた。



しかしルカの心境には変化があった。



訓練後に訪れる悔しさや苛立ちが薄れてきていたのだった。



訓練序盤は流していた涙も、今では枯れ果ててしまっていた。



「(私にはもう兵士として闘うのは無理だ。)」



ルカは弱気になり、兵士として闘うことを諦めかけていた。



そんな折に、ダークエメラルドの魔獣数頭が攻め込んできたと言う情報が入ってくる。



大佐は部隊を編成して、魔獣が確認された場所へ調査をするよう少佐に指示を出した。



少佐は部隊編成を行う。



もちろん戦闘において使い物にならないルカを部隊に入れることは考えなかった。



だが、ある一つの考えが頭によぎる。



「(もしかしたら、実戦で戦闘を行わせれば、ダークエメラルドに対しての憎悪心を増幅させることが出来、闘いに対して肯定的な姿勢を取れるかもしれない。)」



少佐は自らの閃きを信じ、調査部隊の一員として、一緒に同行させることにした。



続く…

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出会いは小説より奇なり 不知火 和寿 @shiranui_kaz

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