Ex:これまでも、これからも。

「明けましておめでとう! 今年もよろしくね~」

「あけおめ。ちょっと見ないうちに太った?」

「失礼ね、これでも我慢してるんだから。お雑煮に宅配ピザにコタツでごろごろミカン食べてるだけだもん」

「そりゃ痩せないよ~w」

「明日からダイエットするからいいの! モデルのAliceみたいに細くなるんだから」

「むりむり~w」



 1月3日。初詣客でわいわいと賑わう駅前で凪人はちいさく笑いをかみ殺した。


(みんな、久しぶりに知り合いと会えて嬉しそうだな)


 目の前には雲一つない青空が広がっている。ピリッと引き締まった空気。吐息が白く濁って清廉な風に溶けていく。


(Aliceみたいに細くなる、だってさ)


 駅ビルの一番目立つところに張り出された巨大広告、真っ赤な口紅を塗って妖艶な表情を浮かべているのはAliceだ。現在、二十歳。いまもっとも勢いのある芸能人としてテレビや雑誌やラジオ、ネット番組にと引っ張りだこで知らぬ者のいない有名人だ。


 そんな彼女と、一時期とは言え同じクラスで過ごしたことが遠い昔のように思える。


(……元気かな、アリス)


 凪人は懐かしそうに目を細めた。













「凪人くーん!」


 赤信号の横断歩道の向こうで女性が手を振っている。待ち合わせの相手だ。桃色のニット帽に七色のマフラーを口元まであげて、膝まである白いダウンジャケットに身を包んでいる。


(着ぶくれして雪だるまみたいだなw)


 寒さが苦手だと聞いていたが、まさに完全防寒。内側にも相当着こんでいそうだが元が細いのでそこまで目立たない。すらりと伸びた脚が華奢な体つきを際立たせる。


 信号が青に変わった。


 女性はキョロキョロと首を巡らせてから猛ダッシュ。まるで駆けっこしている子どもみたいだ。

 凪人は笑いをこらえながら両手を広げて待ち受ける。


「明けましておめでとうアリ――うわっ!」


 走ってきた勢いそのままに首に飛びついてくる。


「明けましておめでとう凪人くんっ!」


 危うくバランスを崩しそうになったがしっかりと抱きとめた。以前は心因性の病気で食べたものを吐いてしまったが、ここ数年は症状が出ていない。遅れていた成長期がやってきて、ぐんぐん背が伸び、年相応の体つきになった。今では母親を抱き上げることもできるのでアリスの体を受け止めるくらい容易い。


「はぁ~、しあわせ~」


 きつく抱きしめたまま離れようとしない。


「こーら、いつまでそうしてるんだよ、みんな見てるぞ」


「だって年末年始忙しくて全然会えなかったじゃん」


 すりすり。

 子どもみたいに甘えてくる。


「電話で話せる時間も少なかったから凪人くん成分が圧倒的に不足してるの」


「はいはい」


 しばらく好きなようにさせておく。

 会いたかった気持ちはこっちも同じ、背中に腕を回して抱きしめる。


「元日のバラエティー番組への出演お疲れ様。生放送観てたよ。黄色い着物すごく似合ってた」


「ありがと! でも途中でお手洗い行きたくなって大変だったの。着物って見た目は華やかだけどお腹ギュッと締めつけられるし胸も潰されるから大変。なにより動きづらいし」


「アリスはお転婆だから丁度いいんじゃないか?」


「ひどい。これでも我慢してるんだからね」


 あれで我慢してるのか、と苦笑い。マネージャーの柴山が頭を抱えている様子が目に浮かぶ。




「そろそろ行くか」


「うん」


 人目が気になってきたのでアリスを促して歩き出した。

 手をつなぎ、歩幅を合わせて寄り添いながら進む。


 有名人のAliceがいると周りに気づかれたら大騒ぎになるので、正体がバレないようマスクに伊達メガネ、特徴的なターコイズの瞳はカラコンをして別の色に変える徹底ぶりだ。それでも初詣に行きたいと言い出したのはアリス自身だ。貴重な休日を自分と過ごすことを選んでくれた、それが嬉しい。


「普段抑えている分、今日は我慢しなくていいよ。おれの前ではお転婆で騒がしくて子どもみたいな普通の女性でいい。そんなアリスが好きだから」


「……はっ!」


 大きく息をのみ、マスクをしてても分かるほど顔を赤くした。


「凪人くん、いつの間に口説き文句言えるようになったの」


「口説き……え? そんなつもりは?」


「無自覚ー! そんなところもスキだぁー!!!(もごもご」


「マフラーの中でなにもごもご言ってるんだよ(笑)」



   ※   ※   ※



「おお、予想していたけど凄い人出だな」


 目的の神社には大勢の参拝客がつめかけていた。拝殿はまだ当分先だというのに人の頭ばかりで先頭が見えない。


 これは時間がかかりそうだ。


「みてみて凪人くん、レインボーわたあめカワイイ! わぁチーズタッカルビも美味しそう! ああん鶏の唐揚げいい匂いぃ! あっクレープのマンゴーも気になるっ!」


 アリスは屋台に夢中で、瞳をキラキラさせて身を乗り出している。

 我慢しなくていいと言ったが自由過ぎる。


「こら、買うのは参拝してから。でもあんまり沢山食うなよ、店で母さんが新メニュー用意して待ってるんだから」


「そうだった! 今日は久しぶりに桃子さんとクロ子ちゃんにも会えるんだよね。明日の仕事は午後だから朝もゆっくり――……だよね?」


「ん? なにが?」


 話が見えない。

 アリスは照れくさそうに耳の横の髪の毛を払う。


「お・と・ま・り。今夜おいしく食べてくれるんだよね?」


「ちょっ、こんなところで何言って……」


「ね❤」


 笑顔の圧がこわい。


「…………ハイ。」


「ふふ、楽しみだなぁ桃子さんの新メニュー。あ、列動いたよ~」


 マイペースに見えて意外と狡猾。

 しかも肉食系だ。自分の好意を隠すことなく積極的にアプローチしてくる。それがアリス。


(でもこの強引さがあったから恋人になれたんだよな)


 付き合い始めて約4年。

 それぞれ別の大学に進学し、アリスは仕事、凪人は店の手伝いで会えないことも多いが二人のペースでゆっくりと愛をはぐくんでいる。


 まさかこんなに長続きするとは思わなかった。


 しかも相手は多忙な芸能人。一般人の自分はともかくとして、アリスの方に気持ちがなければここまで交際が続くことはなかっただろう。


「すごいよなアリスは」


「いまなにか言った? 私のことを褒めたたえなかった?」


「そこまで言ってない」


「そうですか~。あ、ちなみにこの神社、恋愛成就や夫婦円満、子宝、安産祈願で有名なんだよ」


「へぇ、どうりで女性客が多いわけだ」


「みんなの願いが叶うといいね。もちろん私たちも」


 そっと腕を絡めてくる。

 上目遣いに見つめられてどことなくイヤな予感が走る。


「私たち、来年も再来年もその先も結婚しても子どもができてもできなくても、また来ようねダーリン❤」


「…………。そ、そうなればいいな」


「えー? 聞こえな~い!」


「声がでかい。だから、その、時期が来たら、ちゃんと」


「うん! 24時間365日いつでもオッケーです!」


 こんなにガツガツしてていいのだろうか。凪人は大きなため息をついた。


 会えなかった時間を埋めるように他愛ない言葉を交わしているうちに、あっという間に順番が回ってきた。





 参拝後、近くの社務所でおみくじを引くことにした。


 凪人は末吉。微妙だ。

 一方のアリスは……、


「見て大吉! 願い事叶うって! 商売繁盛! 待ち人来る! 最高の一年になりそう」


「さすがだな、今年も大活躍間違いなし。がんばれよ」


「うん!……でも仕事が忙しいってことは会う時間が減っちゃうんだよね、それは残念かも」


 淋しそうに寄り添ってくるアリスを優しく抱きしめた。


「大丈夫だよ、さっき神様にお願いしたから。店とアリスの仕事がうまくいきますように、家族が健康で過ごせますように、アリスとずっと一緒にいられますようにって。同じ神様なら上手くやってくれるはずだ」


「ほんと? 私も同じお願いしたよ。仕事のこと、黒猫カフェのこと、家族のこと、それから、凪人くんとずーっと一緒にいられますようにって!」


 ぎゅっと抱きついてくる。


「ということで今年も一年よろしくお願いします凪人くん!」


「うん。こちらこそ、」


 同じ願いを託してまた一年を過ごしていく。

 これまでも、これからも。アリスと手を取り合って同じ未来に向かっていく。そう信じたい。



 ――ふ、と眼差しが交錯した。まるで何かの合図のように。



「ごめん、ちょっと唇乾いちゃったからリップクリーム塗っていい?」


「ああ周りから顔が見えないよう隠しておくよ」


「ありがと」


 マスクを外すと桃色の唇が見えた。

 取り出したリップクリームを丁寧に塗ると、再び見つめてくる。


「なぎとくん」


 キスをねだるように瞳を潤ませている。 


(ぐっ! なんて破壊力)


 一瞬吸い寄せられそうになって、ギリギリの理性で踏むとどまった。

 さすがにこんな人の多いところでは無理だ。


「……だよね、あはは」


 アリスは苦笑いしてマスクをつけ直すと「行こ!」と歩き出した。


 境内を抜けてメイン通りから一歩それた裏道に入る。小さな店や民家が軒を連ねているが観光客の姿はまばらだ。


「アリスちょっとマスク外して」


「え、なんで? なんか怒ってる?」


 不安そうな表情を浮かべながらマスクを外す。凪人は周りに人がいないことをさっと確認して前のめりになった。


「……っ!」


 束の間のキス。

 すぐに体を離した。


「さっき出来なかったから、お詫び」


「……うん」


 顔を赤らめて大人しくなる。


「ふふ」


「なにが可笑しいんだよ」


「ううん、思い出し笑い。凪人くんって時々後先考えずに動くことあるよね。付き合う前にケンカして、私が写真集の撮影しているところまで来てくれたことあったでしょう? あんな必死な声で好きだって叫ばれたら胸がギュッとして――ふふ、思い出したら泣けてきちゃった」


 伊達メガネを外して涙を拭うアリスの薬指には例の指環が嵌まっている。成人した今となってはやや子どもっぽい黒猫の指環。それをいまも大切に身につけてくれている。


 向かい合った凪人はそっと両頬を包んだ。こぼれ落ちる涙を指先で拭いながら、優しく笑いかける。


「おれはあの頃と変わらずにいまもアリスのことが好きだ。たからちゃんと考えてる。将来のこととか、色々」


 アリスは顔をくしゃくしゃにしながら笑い声を上げた。


「――うん、ありがとう。待ってるね」


 やさしく口づけを交わした二人は手をつないで再び歩きだす。


 プロポーズまであと――〇〇日。




 番外編おわり。

 宜しければ下↓の方にある★やレビューなどお願いします。大変励みになります。


【あとがき】

久しぶりの更新でドキドキしました。皆様にとって良い一年となりますよう心からお祈り申し上げます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女モデルのAliceは今日も片想い せりざわ。 @seri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ