【スペシャル】

Ex:黒猫とJK

 あたくしは黒猫よ。

 名前は「クロ子」とかいう単純で平凡でなんの工夫もない名前だけれどまぁまぁ気に入っていなくもないわ。


 早いものであたくし今年九歳になったの。

 九歳といえば人間だと五十代。思うようにジャンプできなかったり手足が痛くなったりもするけれどまだまだ元気よ。ネズミのオモチャだって追いかけまわしちゃうんだから。


 でもお気に入りの場所で眠る時間が一番好きよ。お店のカウンターの上にあたくし専用のクッションベッドがあるの。そこで丸くなっているとね、トントンジュウジュウって優しい音が聞こえてくるの。ご主人ったらまた腕を上げたみたい。


「クーロちゃん、あーそーぼー」


 目の前にだらりと下げられたのは白やピンクの髪を丸めて一連にした輪っか。そんなものであたくしの興味を引けると思って? バカね。


「あれぇ、クロちゃん無反応ー」


「モモったら分かってないわね。クロちゃんはこっちの方が好きなの」


 そう言って今度はリボンを結ぶような糸が下げられた。細すぎるわね、却下。


「ほぉらハナもダメだったじゃん」


「おっかしいなー、ネットで見たのに」


 モモとハナ。別名ツインテールとおかっぱ頭。

 夏休み中のアルバイトとしてやってきた女子高生のふたり。よく動く元気な子たちだけど声が高いから苦手なのよね。あたくしと遊ぼうったって十年早いわ。


「ふたりとも。クロ子眠いみたいだから放っておいてやってくれよ」


 キッチンでビーフシチューの味見をしながら笑っているのがこのカフェの店長。そしてあたくしの下僕その二。


「「はーい」」


 女子高生ふたりは大人しく頷いてあたくしの傍を離れた。

 モモは椅子を使って先ほどの輪っかを吊り下げる。


「てんちょー、今日午前中で終わりなのにどうしてこんな飾りつけしているんですかー?」


「うん? 開店十四周年のパーティーがあるからだよ」


「十四? なんだか随分と中途半端ですね」


 花瓶に花を挿していたハナが不思議そうに尋ねると店長も苦笑い。


「元・店長たっての希望なんだよ。他にもまとめて色々とお祝いするんだ」


「いろいろってなんですかー?」


「そのうちに分かる。ふたりとも今日はお昼食べて行ってくれよ」


 鼻歌を口ずさみながら仕込みを続ける店長を横目に、モモとハナはあたくしの前で顔を寄せ合った。


「ねぇハナ、今日は店長いつになく浮かれているよねー」


「本当に。つい先日まではため息ばっかりついていたのに」


「そういえば前々から思っていたけど店長のダサイ眼鏡ってダテだよねー。あたしこの前眼鏡なしの店長の顔見たけど結構イケメンだったー。あの人に似てたよ」


「だれだれ?」


「すンごい有名人」


「もーもったいぶらないで」


「小山内レイジ。そっくりだったの。この前の映画祭でレッドカーペット歩いている映像見た? ちょー格好良かった!!」




 女子高生ふたりが盛り上がる中、自宅玄関のインターフォンが鳴った。

 「はーい」と店長が迎えに出て行く。「お客さんかな」「ゲストっていうんだよ」とモモとハナがやりとりする中、店長だけが先に戻ってきた。手には差し入れとおぼしきワインやジュース。あらあたくし用への手土産はないの?


「今日愛理さんは?」


 店長が背後に向かって声をかけると返答があった。


「やめておくって。よろしく伝えてくれって」


「そうか二人目がそろそろだっけ。早いなぁ。上の子はもう二才だろ」


「おまえらが遅いんだ」


 扉の向こうから姿を見せた男性を見た途端「えっ」とモモがうめき、「うそっ」とハナがあえぐ。そして互いの手をがっしりと掴んで叫んだ。




「「小山内レイジーーーーーーー!!!」」




 あぁもう、声うるさい。

 店長はにこにこしながらふたりを示した。


「来島、うちのバイトのモモちゃんとハナちゃんだよ。すごく助かってるんだ」


「ふぅん。こんな奴が店長でよく店がもつよな。ま、味も雰囲気も悪くないけど」


 小山内レイジ――こと来島怜史の腕にはそっくりな顔立ちの男の子が抱かれていた。あたくしを見つけて「ねこしゃんだ」と指差す。真っ先にあたくしに気づくなんていい目をしているわね。


たくそいつもうバアちゃんだから優しく撫でるんだぞ」


「うん!」


 来島が下におろすと拓って子どもはおっかなびっくり近づいてくる。

 だれがバアちゃんよ。ってこの子、意外とやるわね。首回りをそんなに優しく撫でられたら力が抜けちゃうじゃないの。


「て、てんちょーって小山内レイジと知り合いだったんですか?」


 ハナとモモが詰め寄る。店長は苦笑いしながら頬を掻いた。


「うん、まぁ、そんなところかな」


「知り合いじゃなくて腐れ縁だろ。勘弁してほしいぜ」


 嫌そうな顔でため息をつく来島はタオルを取り出して拓って坊やのよだれを拭いてあげている。ほんと、立派なパパさんね。




「たっだいまー」


「あ、桃子店長!」


 つづいて現れたのは元・店長の桃子しゃん。あたくしの下僕その一ね。

 インターフォンの音にびくびくしていたハナがホッと息を吐く。


「びっくりした。また芸能人が来るんだと思っちゃいましたよ」


「あぁ来島くんのこと? 驚いたでしょう、ごめんなさいね。凪人もちゃんと言っておいてあげないとダメでしょう?」


「いやだってさ……」


「で・も。だれかをびっくりさせたい気質はわたしに似たのかしらね。ふふ」


 なにかに気づいて顔を見合わせて笑う親子。勿論あたくしは分かったわよ。

 タイミングを見計らったように奥から別の男性の声が聞こえてきた。


「桃子さん、荷物ここでいいですか?」


「あぁお土産ね。あとで分けるからそのままでいいわ。早くいらっしゃい」


 足音とともに現れた長身の男性を見たモモの喉が変な音を立てた。


「待って待って待って待って待って!!!」

「むりむりむりむりむりむりむりむり!!」


 そしてふたりで息ぴったりに叫ぶ。




「「さ、さささ斉藤マナト……!!!」」




 斉藤マナトはにゃんたらっていう作品で主演男優賞を受賞したらしいわ、で、いまはどこかよその国を拠点に活躍しているんですって。

 女子高生ふたりはまるで幽霊でも見たように抱き合ってる。


「ちょっと待って、斉藤マナトって確か年上の一般女性との交際が噂されていたよね」


「知ってる知ってる。まさかそれが……」


 女子高生ふたりの視線を受けてにこやかに微笑むのは桃子だ。「ま、いろいろあったんだよ」と店長が苦笑い。




 最後のゲストを待っていると店の前に一台の車が横付けされた。

 料理の支度をしていた店長はハッとして手を止め、一目散に駆けつける。しばらく話し声がしたあと戻ってきて、後ろを気にするように扉を開けて待機した。


「慌てなくていいから、ゆっくりな」


「心配性なんだから。まだ大丈夫ですー」


 夏の日差しを背に現れたのは水色のワンピースにAのネックレス。左手の薬指に黒猫を模したリングをはめた女性だ。


「あっあああああああ」

「ふぉっおおおおおお」


 モモとハナは変な声を発し、今度こそ息が止まりそうになっていた。



「改めてふたりに紹介するよ」


 店長――凪人は彼女の肩をそっと引き寄せて微笑む。


「おれの妻、黒瀬アリスだ」


「はじめまして、ふたりのことはよく聞いてます。凪人くんの奥さんのアリスです。モデルやってます。もうすぐ休養するけどね」


 膨らんだ腹を撫でながら女子高生ふたりに会釈をするアリス。

 夫婦そっくりの笑顔を目にした女子高生ふたりは――。





「「ええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」」





 この日一番の悲鳴を上げたのだった。



 あぁもうほんと、賑やかでうるさいわ。ゆっくり寝ていられないじゃない。

 でもこういうのも悪くないわね。



 おしまい。

(※このお話はいつかどこかであるかもしれないアナザーストーリーです)

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