三題噺「遺伝子操作」「唐揚げ」「向き不向き」



カルタヘナ法という法律がある。昔は遺伝子操作した動物を勝手に作ったりしてはならないという法律……であった。

きっかけは……なんだったか、フォアグラ用のガチョウが遺伝子操作されていた事件だったか?いやその前に養殖のブランドブリが実は遺伝子操作されていた事件があったか?

ともかく、遺伝子操作が簡単になるにつれそこかしこで違法操作されたものが出回るようになった。一時期は愛玩用動物の見た目を弄る人もいたが、やはり生理的嫌悪感があるのかそういう類は通報されて消えていった。

そして現代では「違法操作されるよりは」と、届け出さえきちんとしており、なおかつ非愛玩用であればだいたい遺伝子操作は許可されるようになったのだ。

一般公開されていない牛舎には自重を支えきれずに吊り下げられる巨大牛が当たり前にいるし、許可証の中には牛タン用に「二枚舌」を持つ牛などもいた(幸いにも許可証に嘘はなかった)。


「……っつったってよ、唐揚げに合う鶏ってどうするんだ?」

企業付研究者の男はそうボヤいた。

フード系の大企業では今や農園や農場などに遺伝子操作された動植物を提供し、それを買い取るような形のビジネスモデルが流行している。リスクも多いが、普通のブランドより法律上の制約が厳しいことから利率も良い上、企業が安定的に買い取ってくれることから企業と生産者両方に人気なのだ。

そしてその遺伝子を「どう」操作するのかを研究するのが男の仕事だった。

とりあえず「美味しい唐揚げ」で検索する。ジューシーさ。食感。味付け。

「……だいたい調理じゃねぇかよ」

とはいえ、会社からやれと言われたことだし、頭を捻るしかない。

まず単純に取れる部位が大きくなるよう巨大化させてみた。

恐竜映画かアクションゲームに出てきそうな鶏をなんとか狩猟し、巨大なもも肉を唐揚げにしていく。料理の腕はこの職に就く者はみな否応なくめきめきと上達する。

「……あれだけでかいのに可食部は少ないのか」

どうやら巨大化させたことでほぼ運動が不可能になり、餌代に対して可食部である肉の量はそんなに多くならないことがわかった。さらに、脂肪分がかなり多くなったことで味も結構悪くなっている。

唯一鶏皮の量だけは多くなったが、結局これも分厚すぎて食えたものでは無い。

「こいつは唐揚げ用どころか食用には向かないな……皮革用としてなら使えそうだ」

それからも色々な遺伝子操作を試してみた。

脚だけを巨大にしたり、ダチョウのように走行能力を上げて鍛えやすくしたり、中途半端に退化させて翼足にしてみたり。

男はその度に唐揚げを作り、データを計り、食べまくった。同僚にもお互い試食会を開いたりしたが、どうも貰えるフィードバックにはバラつきがあってあんまり上手くいかない。

首を傾げながら人ごとに数値と感想を纏めると、至極当然なことがわかった。

「うーん……人ごとに好みが分かれるな」

遺伝子操作によって作られた鶏はそもそも風味なども結構異なる。例えば翼足の鶏などはすこし獣臭さがあり、これは胡椒を強めにして唐揚げにした。だいたいジビエだ。

風味が違えば適切な調理法も異なり、それらに合わせてレシピを幾つも作ればその分好みも大きく反映される。

「唐揚げとかいうベーシックがいちばん美味い調理法向けの鶏とか向いてなさすぎるだろ!」

深夜の研究室で1人呻く。

「それでも多くの舌を満足させるような……ん?待てよ?」



数年後、その企業から発表された新商品は大きな議論を呼んだ。

遺伝子操作が許されているとはいえ、これは通っていいのか?

でもこれなら美食を最大限楽しめるし、悪影響がないなら良いのではないか。

喧喧囂囂の中、満足気に男は発表を終える。

「……以上が我が社の発表する究極の美食、移植用の「美食舌」でした」

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短編 とーらん @TOLLANG

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