第2話
第2話
「幸野さーん、幸野さん!そこはトイレじゃありませんよ。あ、ちょっと、このババア…いい加減にしやがれってんだ」
ナースは勢いよく老体を突き飛ばす。
よろめいた体は支えるものが近くになく、冷たいコンクリートに投げ出された。床のひんやりとした感覚にびっくりし、尿を漏らす。ナースが舌打ちする。老人は怯える。
(きっとおとなしくしていれば殴られない…)
薄子はそう思った。
あれから70年後、世界は大きく変わっていた。女子高生だった幸野薄子(さちの うすこ)の幸せだった時代は、謎の爆弾魔のせいで終止符を打たれた。いや、正確にはあの奇妙な羽根のせいなのか。薄子にはわからなかった。
未だに事件は解決できず、時効も迎えていたため犯人は捕まらなかった。
そして失った左腕のせいで、薄子は生きる気力をなくし、生きる屍になった。
やがて誰も薄子の存在を無視するようになりはじめた。薄子はもうどうでもよくなった。涙も出ない。出るのは排出物だけ。老人と化した排出物。わたしはもう…。
モニター越しにドクターは微笑んでいた。
「被験体325号…ようやく…ようやく芽生えそうだ」
ナースはため息をつく。
「先生…。いくら実験のためとはいえ気分悪いですよ。老人の虐待相手は…」
ドクターはその言葉にハッとなる。
「そうか…その手があった」
虐待。それは永遠に人のトラウマになる要素。与えれば与えるほど染み付いてとれないトラウマ。それは一番人の狂気の餌になるもの。
「君に頼みがある。被験体325号を殺してくれないか?」
「!?」
信じられない言葉だった。確かに就職してからおかしいと思う点はたくさんあった。完全監視システムの部屋、患者ではなく被験体呼ばわり、病院食はよくわからない液体を混入、病院ではなく実験施設…。
「君はわかりました、ドクターとしか言えないね。この銃は何を意味するかわかってるよね?頑張り次第では給料もはずむよ?ふふ」
ナースは頷いた。
とりあえずそんな難しいことに首を突っ込むより言われたままにやった方がいい…。こいつらは勘違いしているようだが金は必要ない。私に必要なのは…。
病棟325室の部屋はガラ空きだった。
薄子の姿はない。
ナースは焦った。
いや、焦ることはない。この施設は24時間監視されている。外にも出れないよう有刺鉄線も張っている。
老人一匹ぐらいすぐに捕まえられるのだ。
「さちのさーん。さちのさぁん」
まるで猫を呼ぶかのように甘い声。怯えた動物には安心感を与えなければいけない。気づけばナースは嗜虐心のため興奮したか失禁していた。これから食べれる。内臓を、肝臓を、心臓を。老人のは完熟していて甘いのだ。
ナースは舌なめずりをした。舌の先端は二つに分かれていて目は黄色み鋭くつり上がっていた。そう、彼女は人間の姿をした蛇だった。
「さちのさぁん、いないのかなぁ?さっきは痛くしてごめんなさいねぇ。あばばばばば今日はたくさん優しくぐぅひひは遊んでえええあげましゅよののの」
手には大きい注射器、3リットルほどの麻酔なのかとにかく殺気立っていた。
しかし、何年、何十年、何百年たっても被験体325号は現れなかった。狂ったドクターもナースもあまつ人さえ地球から居なくなった。人類は滅亡していた。
「ん…」
薄子は目が覚めた。ここはどこだろう?
確か私は病院で学校は爆発して左腕はなくなってばあさんになって蛇に食われて…あれ?
「ようやく目覚めたか?」
どこからか声がする。
「お前の生命力はゴキブリ以上…いや、ゴキブリに失礼だった。生に対する欲が人よりも優れていたようだ」
薄子は目を見開いた。
昔、絵本で読んだことある、いわゆる天使がそこに立っていた。
「あの、ここはどこですか?」
天使は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。「醜い…」小声で呟くと、ハート形の杖を取り出し薄子に手渡す。薄子は受け取る。
そこで気づく。
失ったはずの左手が、
「あっ!」
「その左手にはお前の能力が司っている。意志をもっている。念じれば魔法を発動できる。でも見た目は汚ねえからお前なんかが魔法少女なんて思いたくない。けどお前が選ばれた以上、お前は世界を救わなきゃならねーんだよ!!説明以上」
天使は消えた。
呆然と立ち残される魔法少女(1085623歳)
幸野薄子の幕はここから開かれた。
「これ…どうすんの?」
第2話
〜完
天使の羽根を踏んづけたら魔法少女になっちゃった かとんぼ @katonvo75
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