できればお酒をやめたくて
桑原賢五郎丸
できればお酒をやめたくて
気づいたら毎晩のように酒を飲んでいる。
20代はつきあいで飲んだ。
30代は会社の為に飲んだ。
40代は食事の代わりに飲み、50代は眠る為に飲んだ。
そして今60代、どうすれば飲まずにいられるかを、酒を飲みながら考えている。
体に悪い物は美味いという。ならば酒は相当に体に悪いということになる。毎晩飽きずに飲めるほど美味いものを、おれは他に知らない。
しかし美味いと感じるものは、体が欲しているものだともいう。ならば酒は体にとって必要不可欠な栄養素だということになる。病院には怖くて行けない。
それでも、毎晩の習慣をどうすれば修正できるか考えたことが、過去に何回もある。
ノンアルコールビール。
これは有用な手段だったが、飲んでるうちに「せっかくだから酔わないともったいないのではないか」と思うようになり、気づいたらノンアルコールビールの焼酎割りを飲んでいた。むしろ大変飲みやすく、かえって酒が進んだ。
幸い、今の所、体に、異常は、今も、襲いかかっている、痛風以外には、ない。
さっきも言ったが、病院に行くのは怖い。なぜならば血液検査で悪い数値が表示されることは明白だからである。尿酸値はおそらく15はあるだろう。禁酒を命じられることはわかりきっているうえに、医者からの叱責や嘲笑もあるだろう。そもそもカネを使って検査し、さらになぜ禁酒を命じられねばならぬのか、そのような理不尽は理解に苦しむ。
幸い、今の所、自分の言っていることが、おかしいことは気づいている。
たとえば禁酒仲間と集まるなどという催しはどうだろうかと考える。しかしすぐに思い出す。自分にそんな気心の知れた友人など、もはやおらぬということを。
しかも、先程からの長々とした言い訳を見てもらえればおわかりの通りだが、たとえば町内会の禁酒サークルで集まったとしても、おれはその会合で酒を飲むに決まっている。
そしておれは酔った挙げ句会合から叩き出され
「酒をやめたいという弱い意思に飲み込まれた負け犬どもめ」
と、家に帰ってから一人で口汚く罵るのだろう。
ある日、いつものように酒を飲んで寝たら、起きるのがしんどくなった。体に力が入らず、気持ち悪くもある。さすがにこれはまずいと直感し、ふらつく足で病院という白くて無機質な建物に足を踏み入れた。
医者は診察するなり、おれに禁酒を申し渡した。
薬を出します、いいですか、必ず水で飲んでください、おみず、とうめいの、わかりますねと、憐れむような目で言った。
注射を打ったら元気になったので、家に帰ってから、出された薬をかじりながら酒を飲んだ。
しかしどういうわけか、酒がものすごく臭くて不味い。我慢して飲んでいたが、遂には辛抱できずに水を飲む。次の日も同じように水で薬を飲む。1週間繰り返しているうちに、体の不調は無くなった。40年ぶり以上の禁酒である。
医者の診察を受けた。
曰く、あれは味覚に変化をもたらす薬で、酒と一緒に飲むと口の中に汚物のような匂いと味が広がるものだそうだ。一週間もすればどんなアルコール中毒患者でも酒が飲めなくなるらしい。
医者は、よく頑張りました、あとは普通の薬で大丈夫です、と笑顔で言った。
「なら、また酒が飲めるわけですね」
おれはカバンから缶ビールを取り出し、一気に飲み干した。
できればお酒をやめたくて 桑原賢五郎丸 @coffee_oic
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます