第8話

僕は何かを確かに感じとった。


あの目はいけないと。


とにかくいけないと。


僕の平凡で穏やかな日々を、破壊する目だと。


僕の脳裏には、過去にあった幾つかのことが次々と浮かんで来た。


僕には子供の頃からある特性があった。


それは諍いごとや揉め事の際に、その相手の素性や争いの内容とは関係なく、相手の怒りの強さに応じて僕の怒りも強くなるのだ。


だから怒りのバロメーターと言うかレベルといったものが、常に相手と同じになっていた。


一度の例外もなく。


しかし僕が今見ている男の目に宿るもの。


それは怒りなんかではない。


今までの人生においてまともにお目にかかったことが一度もない、殺意と言うやつだ。


怒りと似ている部分もあるのだが、本質的には明らかに異なるもの。


しかも考えられないほどに強靭で、信じられないほどに純粋な殺意の巨大な塊。


それが男の二つの眼から発せられている。


僕の怒りのエネルギーはいつも相手と同じだけのエネルギーを生じてきたのだが、しかし殺意が、殺意までもが怒りと同じく相手と同量同質になるとするならば。


つまりはこういうことだ。


僕はなんの躊躇いもなく、アクセルを力の限りに踏み抜いた。


フォーカムターボのエンジンがうなる。


僕の愛車はまさに凶器と化して飛び出した。


そしてそのまま黒いバンにノーブレーキで突っこんだ。


激しい衝撃を受けて僕の意識は飛んでしまったが、ほどなくして復活した。


見れば男の身体はバンと僕の車に挟まれていた。


そして男はどこからどう見ても、すでに死んでいた。



       終     

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強靭で純粋なる殺意の塊 ツヨシ @kunkunkonkon

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