第5話 時の悪戯
ジョゼフはこの三日の間、今までロンドンでかすめた代物を金に変えるのに忙しく駆け回った。足がつかないようにいろんな町に行っては金に変えた。
アイリーンと二人で、ヨークの町はずれの小さなコテージで、畑を作り、時給自足の生活を始める。もう、ピックポケットなんかしないで生きていく。愛する人のために。
約束の日、ジョゼフはキングスクロスのキヨスクの横にやってきた。手にはアイリーンへのプレゼントを持って。
――アイリーンどこだ。まだ来てないのか。
あたりをうろうろするジョゼフ。
キヨスクのおやじがジョゼフに気付き、店の若い者に、ポリスを呼んでくるようにと頼んだ。そして
「あいつです。あいつが髪飾り売りの娘に会ってました。まちがいありません」
駆けつけた警官にそう告げた。
――アイリーン、まだかな。これじゃ12時半の列車に間に合わないな。まあいい、次の列車に乗ればいい。アイリーン、君に流行りのパープルのドレスとハットを買ったんだ。きっと君に似合うさ。そして指輪。はやく君に見せたいよ。
この時間がジョゼフの今まで生きてきたなかで最高に幸せな時間だった。
満面の笑みで小さな濃いブルーのベルベットのケースを開けて指輪を眺める。パープルのドレスを着て、パープルのハットを被ったアイリーンの細い指にこの指輪をはめている自分。そんなシーンを思い浮かべて幸せの真っ只中でアイリーン待っているジョゼフ。
すでに何人もの警官に囲まれていることなど、知る由もないジョゼフだった。
******
キヨスクにきれいに並べられた新聞の見出しにはこう書かれあった。
"殺人鬼に会ったと思われる売り子、昨夜未明、リージェント運河で水死体で発見"
おわり
それでもこの冷えた手が ~ジョゼフ・ザ・ピックポケット~ 佐賀瀬 智 @tomo-s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます