第4話 忍び寄る疑惑

 明日、明日!! ジョゼフが私を迎えに来てくれる。明日から私の人生は変わるの。ああ、ジョゼフ、私はあなたについてゆきます。早く明日にならないかな。


 アイリーンの今までの人生の中で、こんなに明日が待ち遠しいと思ったことがあっただろうか。そんな思いで、いつものキングスクロスで髪飾りを売るアイリーン。そこへ二人の男が近づいてきた。


「すみません、アイリーン・オコーナーさんですね? 私はロンドン警察のスミス警部です。そして、こちらクーパー警部」


「――!?」


「その首のペンダントのことで少しお話を聴きたいのですが。ここでは何ですので署の方までご同行願います」


「え?何?警察?」


 アイリーンは何が何だかわからないうちに、警察署へと連れられていった。



 薄暗い部屋で取り調べが始まる。


 デスクの上には、さっきまでアイリーンの首にあったペンダントが置かれてある。


「このペンダントはどこで手に入れましたか?」


「貰いました」


「いつ、どなたに?」


「土曜日に…」


 アイリーンは嫌な予感がした。直感でジョゼフの名前を言ってはいけないと思った。


「髪飾りを買った人です」


「男性ですか女性ですか?」


「男性です」


「知り合いですか?」


「知りません」

 警部たちが鋭い目でアイリーンを見る。


「私、取っていません。盗んでいません!貰ったのです。嘘じゃありません!」


「ああ、わかっているよ。君じゃないことは」


「あの、その男の人がなにか…」



「あー、金曜日にまた殺人事件が起きましてね。ご存知ないですか? 被害者は宿屋スワンインの若女将、セーラ・シンプソン。そして、このペンダント、被害者のものなんですよ。女将のトレードマークだったらしくこのあたりじゃ皆知っている白鳥のペンダント。特注らしいですよ。ほら、裏に小さいですけどネームが彫られてある。間違いなく女将のだ」


「な、なんですって?!」


「女将は殺された夜にペンダントをしていたことを目撃されている。だが、彼女の死体にはそのあるはずのペンダントがなかったのだよ。で、次の日の土曜日にあなたはペンダントをその男からもらっている。この意味が解るかね?

 …でね、いいですか、ここからですよ。その手口が一連のあの事件に似ていね。君も知っているだろう、切り裂きジャックだよ。喉を…こう…」

 スミス警部は手で自分の喉を切るジェスチャーをした。


「ええーーーっ!!」


「あなたは、一連の凶悪犯人切り裂きジャックだと思われる男に会った!!」



「うそよっ!違うわっ、何かの間違いです、間違いですっ!」


 アイリーンは両手で顔を隠し、頭を左右に激しく振ってデスクに顔を伏せた。ジョゼフが?ジョゼフが? なぜあのペンダントを持っていたの?どういうことなの?


「その男が切り裂きジャックだ」


「わかりません。わかりません。わたし、なにもわかりません!ああ、神様、神様…」

 そして何度も胸のあたりで十字をきる。


「無理もないか、目の前に現れた男が切り裂きジャックだと思うと恐ろしいさ」


 クーパー警部がメモを取りながら言った。


「じゃ、このペンダントは証拠品として預っておくよ。もう今日は帰っていいですよ。何か小さなことでもいいので、思い出したらいつでも来てください。そしてくれぐれも、夜道を歩かないように」


 アイリーンは放心状態でバタンとドアを閉めて部屋を出た。


「いいんですか?スミス警部。帰しても」

「うむ…。しばらく泳がせておこう」



 アイリーンは警察署を出てよろよろと歩いた。

 ――ジョゼフはジャックじゃない。何かの間違いだ。私のこの手が覚えている。あの時、私のこの冷えた手を握ってくれたジョゼフの手は温かかった。殺人鬼の手ではない。違う!そう信じたい。


 けれど…


 アイリーンはいつかジョゼフ言ったことを思い出した。

『それが本当の名前だから』

『過去を清算したいんだ』

『一からやり直したい』

 ああ、やっぱりあなたが…切り裂きジャックなの…?


 わからない、もう、どうしていいかわからない。ジョゼフに会いたいけれど、怖い。なにもかもが怖い。はじめて好きになった人が、ジョゼフがイギリス中が恐怖する切り裂きジャックだなんて。嘘よ。おお、ジョゼフ、あなたは切り裂きジャックなの??


「嘘よっ、そんなの嘘よぉーーーぉぉぉ!!おお、神様、神様…」


 アイリーンはリージェント運河沿いの道で再び泣き崩れた。



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